「名古屋グランパス」 の由来

Jリーグのチーム名ってのは、その都市にちなんだ由来がある。
そのことは昔から知っていた。
それを一つ一つやっていくのもどうかと思ったのですが、思い出と思い入れのあるいくつかのチームを紹介していきたいと思います。

それで今日は「名古屋グランパス」。
確か昔は、「名古屋グランパスエイト」だった気がしたのですが、2008年から「名古屋グランパス」に変更されたとのことです。
ホームタウンはもちろん愛知県の名古屋市。
「GRAMPUS」とは、名古屋のシンボルであるしゃちほこからきているのだそう。
てっきりあのマークはイルカかと思っていましたが、言われて納得。
削除された「エイト EIGHT」については、名古屋市の市章が「八」であるとのことで、末広がりの意味をもたせるためも含まれているのだそう。
(メインスポンサーである「トヨタ」の画数が8であることからきたとも)
ただの「8」ではありませんでした。
Jリーグ発足時には、浦和レッドダイヤモンズ・ガンバ大阪・ジェフユナイテッド市原と共にJリーグのお荷物と呼ばれていましたが、近年は上位に食い込んできています。

さて、ここからは思い入れのほうです。
好調グランパスの指揮官は、ドラガン・ストイコビッチ氏。
この方は実際にグランパスでプレーしていた選手で世界レベルでその名は知れ渡り、ピクシー(妖精)の愛称で親しまれていました。
当時はバブル絶頂で、様々な名の知れた選手が日本に集まってきました。
今考えたらものすごいことなんですが、それは日本だったから集まったのではなく経済がよければサラリー目当てどこの国でも集まってくるというのが現実のようです。
現在ではロシアやカタール・ドイツなどが多く、たくさんの「名の知れた引退前の選手」が集まっているようです。
そうなんです。一流の峠を超えた選手が集まってきていたのです。
同じグランパスにJリーグ開幕時に入団したゲーリー・リネカーという選手はイングランド代表で通算歴代2位の48得点もとった点取りやでしたが、当時のJリーグ最高年俸(3億円)に見合う働きはできずに、2年目の1994年シーズン終了後をもって現役を引退しました。
(リーグ戦通算18試合出場4得点)

私も当時よくわからないながら、すごい選手がやってくると耳にしていたのですが、実際にプレーする姿の印象はまったくありません。
今考えるとJリーグにきていた選手って、名前ばかりでそんな選手が多かった気がするのですが、ストイコビッチ選手は違いました。
妖精の名前に違わぬ数々のプレーを見せてくれたのです。
私の大好きな選手の一人です。
そんな選手が監督としてピッチに戻ってきてくれたのです。
本人も思い入れが無いはずはありません。
陰ながらこれからも応援させていただきます。


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著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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