「井戸端会議(いどばたかいぎ)」 の由来

その昔、毎日のように女性による女性の為の会議が開かれておりました。
その会議の名は・・・

「井戸端会議」

「井戸端会議」とはその名の通り、井戸端(井戸の近く)で女性たちが水くみや洗濯をしながら人の噂話など世間話をしたことからその由来がきているのだそうです。
そこから転じて主婦達が集まって人の噂などのおしゃべりをすること言うようになったのです。
もちろん今の世では、子供の送り迎えやスーパーなどがそういった場所といえることでしょう。

時は江戸、水道のない時代、町内や地区にある共用の井戸によって人々は生活用水をまかなっておりました。
井戸まわりには、毎日毎日当然のように人が集まります。
井戸から水を汲み、その水を家へ持って帰る。それはもちろん女性の仕事です。
水は人間にとって重要なもの「命の源」。
決して欠かすことは出来ません。

江戸時代の人にとっても水はとても大事なものでした。
水を使いたくなったらイヤでも井戸に行かなければならなかったのです。
井戸が設置されている所は昔特有の長屋の敷地が多かったのだそう。
そこに自ずと女性が集まり、井戸端会議はその長屋の庭で行われていたというわけ。

少し疑問が沸き起こります。
やはり当時も諍いや派閥は存在していたのでしょうか?

最近面白い本を読みました。
それは姜 尚中さんの「悩む力」という本です。

これまでの幸福像とはどのようなものだったかに始まり、3・11以降既存の「幸福像」が崩壊したという現実に向き合います。
神仏だけでなく現代社会の宗教とも言える科学への不信も強まる、ある意味第二次大戦後よりも憂鬱なこの時代を生き、日々悩める我々現代人。
再び幸福の感情に浸るためにはどうしたらいいのかのヒントを、江戸から明治の激動の時代に生きた夏目漱石の言葉を拾いながら掴み取ろうという内容です。

その一説に非常に興味深いものを見つけました。

それは集団で生きていた江戸時代の日本人も、明治の文明開化を機に個の生活へと変化を遂げたといった解説です。
西洋の文化の流入により我々の生活は画期的な進歩を迎えました。
用を外で足して一日を費やしていた我々は、外に出なくても生活が出来るようになっていったのです。
そういった生活が100年続き、科学も日に日に進歩を続けた結果の上に我々の生活は成り立っています。
いえ、成り立っていたのです。

しかし、あの地震以降我々は気づかされたはずです。本当に大切なものは何なのかを。
私は最近、江戸の生活に興味を持ちはじめました。その発想も、内容も、想像もつかない未知世界。
それはまるで毎日をテーマパークで過ごすかのような刺激に溢れているからです。
「井戸端会議」は当時の人々にとってどのような位置づけだったのか?
それはきっと水を飲むのと同じくらい自然で当たり前の「つながり」だったはずです。


冬のソナタ交遊録―ネットで花咲く井戸端会議


オンナの[建前⇔本音]翻訳辞典 (扶桑社文庫) (扶桑社SPA!文庫)



著者: tossie

居住地域:北関東
年齢:70年代生まれ
趣味:釣り、散策

言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。
ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。
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