おやつの由来

Photo By Children's Sweets shops in Japan

「おやつ」 の由来

私は十時と三時が大好きです。

これって何のことかわりますか?
そうです。今日は「おやつ」の由来について。
子供の時から「おやつ、おやつ」と何度も口にしてきましたが、オヤツってどんな漢字を当てるのか、元の意味は何なのか、そしておやつの始まりなど深く考えたことがありませんでした。今回はおやつの由来について掘り下げてみたいと思います。

私の場合は、だいたい朝は七時、昼は十二時、夜は六時に一日三食ご飯を食べます。
そしてもちろん、十時と三時はお茶(おやつ)、ついでに夜十時(これを書いている正に今)もお夜食にビール♪
これでは太るのも納得ですね・・

「おやつ」の語源

まずはおやつの語源からです。
おやつの語源は和時計(1873年まで使っていた日本独自の時計)からだそうです。
昔の日本の時刻制度において午後2時前後を「八つ時(やつどき)」と言いました。
そこから「お八つ」→「おやつ」と呼ぶようになったのだそうです。

昔の日本の時刻制度

この「おやつ=お八つ」という語源を理解するためには昔の日本の時刻制度をちょっとだけ理解しておく必要があります。
和時計は、この昔の日本独自の時刻制度を元に作られた時計というわけです。
時代劇や落語なんかを見ていると出てくるやつですね。「丑の刻」「明け六つ」というような時刻の呼び方です。
昔の時刻制度には二通りの呼び方があって「十二支」が出てくる呼び方が一つ、そしてもう一つが「数」での呼び方です。

卯=六(むつどき) 明け六つ(日の出・明け方)
辰=五(いつつどき)
巳=四(よつどき)
午=九(ここのつどき) 正午(お昼)
未=八(やつどき) ←(おやつ)
申=七(ななつどき)
酉=六(むつどき) 暮れ六つ(日の入り・夕方)
戌=五(いつつどき)
亥=四(よつどき)
子=九(ここのつどき) 午前0時(真夜中)
丑=八(やつどき)
寅=七(ななつどき)
卯=六(むつどき) 明け六つ(日の出・明け方)

数字での呼び方はちょっと変わっていて、九つから始まって四まで下がるとまた九つに戻るというおもしろい数え方になってます。
ですので、九で太陽が真上または真下、六で太陽が地平線にいる状態ということになりますね。
落語で有名なお話し「時そば」は、この辺の時刻の呼び方が話のタネになっていたりします。

参考情報:江戸の時刻制度“不定時法” お江戸の科学

不定時法についての解説はこちら「日本時計協会」さんの説明をどうぞ。

1日の長さを100等分とか12等分などに分割する時刻制度を定時法といい、現在は24等分しています。これに対して、1日を昼と夜に分け、その各々を等分に分割するのを不定時法といいます。昼と夜の長さは季節によって異なるため、分割した単位時間の長さも変化します。江戸時代では時の基準を夜明け(明け六ツ)と日暮れ(暮れ六ツ)とし、これを境に1日を昼間と夜間に分けその各々を6等分しました。分割した単位時間の一刻の長さは昼と夜で、さらに季節によって変わるという複雑な時刻制度でした。時の呼び方は、1昼夜12の刻に十二支を当て、子の刻、丑の刻などと呼び、別に子の刻と午の刻を九ツとして、八ツ、七ツ、六ツ、五ツ、四ツの数での呼び方もしました。しかし、この呼び方だと1日に同じ数が2度あるので、夜の九ツ・昼の九ツ、明け六ツ・暮れ六ツなど、昼夜、明暮等の区別が必要でした。
日本時計協会 江戸時代の時刻制度

「おやつ」の由来(はじまり)

おやつの由来(はじまり)は、日本がまだ1日の食事が2食だった頃まで遡ります。
そして農民たちが体力維持のため休憩時に取っていた間食のことを、中食(ちゅうじき)、間食(かんじき)などと呼んだのがその始まりだそうです。

日本人の食習慣として、江戸の寛永頃までは朝夕二食が普通であり、日中八つ時前後に間食をとることがあった。ただし間食の意味で「おやつ」が使われる例は、すでに三食になっていた元祿期以降である。
参照元:『日本国語大辞典』 「おやつ」

なるほど、私は農業経験者なのでよくわかります。使う道具によって色々な筋肉を使う上に、肉体労働が多くその上穀物が育つ夏に仕事が多い。そして夏は日が長い
お腹はすぐ空くし、咽喉もすぐカラカラでした。

昔は、お菓子というより軽食・間食の色が強かったようですね。

でも朝夕の二食で、間食が午後二時って遅くないですか?と疑問を持ったのですが、電気のなかった時代では日が暮れる頃(5時~6時)には火を焚き晩御飯を食べたことが想像できますのでそんなものかもしれません。
今では当たり前すぎて想像することさえ難しいですが電灯のない生活では、暗くなったら料理するのも大変ですからね。

もちろん「朝飯前」って言葉もありますから、朝飯も遅かったと想定できます。
一般的な農家の生活では、日の出とともに起きだしてすぐに農作業でひと仕事をして朝餉を食べ、その後は夕方前まで働き(途中で間食)、夕餉をとる。そのころにはもう暗くなっていて電気もテレビもないしやることないので寝るしかない、という生活パターンです。

今と比べると暗くなってから寝るまでが早いと考えると納得です。

メインとなる食事は、朝餉(あさげ)・夕餉(ゆうげ)の二食、そして途中14時くらいに軽い食事(おやつ)という生活が普通だったのですね。

三時のおやつ?いつから三時のおやつになったのか

ってことは、おやつってもともと三時ではなかったのですね。
現代社会ではおやつといえば、午前10時午後3時がおやつの時間というのがお決まりかと思うのですが。

それを知るためには、日本の食文化の歴史を少しだけ紐解く必要があります。

先ほども述べましたが江戸時代以前は主食は朝と夜の一日二食でした。

そして、いつからかお昼の12時に昼飯を食べることが一般に広まり、主食が朝・昼・晩の三食となります。
この朝・昼・晩のちょうど真ん中にあるのが10時と15時だということわかりますね。これがおやつが10時と3時になった直接的な理由だと考えられます。

では日本の食事はいつから一日三食になったのでしょうか。

これについては職業や身分、地域によってかなりまちまちで偏っているため、明確にいつからとは言えないですが、江戸時代中期(元禄)に江戸の町の照明が明るくなり商店や屋台が長時間営業するようになったこと、また明暦の大火(1657年)で大工や職人を集めて朝から夕方まで一日中働かせたが、朝食と夕食だけでは体力が持たないため、昼にも食事を提供するようになり1日3食の習慣が広まっていったという説があります。

参考:<日本人の食事回数を再考する> 1日3食は正しいのか?

明治・大正にはいるとさらに一日三食制は日本中で一般化していきます。これには西洋化の影響もあるでしょう。

大正3年(1914年)には、アメリカやヨーロッパで医学・栄養学を学んだ佐伯矩(さいき ただす)という人が国立栄養研究所を設立し、実験により食事は1日3回を推奨しました。

一日二食だった時代、朝ごはんと夕ご飯の間に食べる間食(お昼ご飯の元になるもの)が最初はおやつと呼ばれていましたが、その後お昼御飯が一般化した(一日三食になった)ことで、今度はさらに10時と午後3時に新しいおやつ時間が登場したということになります。

一日の食事をとる回数は、時代を追うごとに増えていったという見方もできますね。
人間の食への欲求はとどまることを知りません。
近い未来には、主食が朝・昼・晩・夜食で4回と、プラスおやつがその間に3回なんて時代が来るのかもしれません。

日本独自の時刻制度が廃止され、西洋式の時刻制度になった時に、おやつを「お三時(おさんじ)」「お十時(おじゅうじ)」というように言い換えたこともあったようです。

1942年に文部省社会教育局が発行した「家庭教育指導叢書」には以下のように書かれています。

間食の回数はどうしたらよいか。やはり昔から言われている通り「お十時」「お三時」が適当であろう。あまり遅くても早くても前後の主食とかち合ってきて面白くない。殊に間食のために主食が十分に取れない等という様な事は絶対に許されないことである。
家庭教育指導叢書「乳幼児の養護」

そして記憶をたどってみれば、おやつは3時というその記憶はいつのまにか我々の中に自然と植えつけられたようです。
その原因は、「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは~」

そうカステラの文明堂さんのCMです。
文明堂さんのこのキャッチフレーズは、店の電話番号を印象付けようという意図もあったとか。してやられましたね。

人形が歌う「電話は二番」というフレーズだが、これは、文明堂の加入者番号が2番(2000~2999番を全て文明堂で使用し、下3桁のダイヤルを不要とした。)だからで、当時の電話交換機は交換台を経由する時代であったため、交換手に局の名前と2番(例として赤坂局の2番)と告げれば文明堂に繋げた事から1937年(昭和12年)に文明堂が電話帳の裏に載せていた「カステラは一番、電話は二番」というキャッチフレーズに由来する。

引用:Wikipedia 文明堂#CM

おやつの海外事情

「おやつ」と言われてしまうとお子様の匂いがしてしまいますね。
言葉もなんだか可愛らしいいし。
大人になると「お茶」となります。まぁ小休憩でしょうね。

海外では「子供がお菓子を貰って食べる」という意味でのおやつの概念は少なく、大人が「お茶(アフタヌーンティー)を楽しむ」という習慣がよく見られます。
そういう意味では「おやつ」は日本独特のもののようです。

イギリスに旅したときホテルの午後のカフェが賑わっていたのを思い出します。
個人的な好みですが、あの光景や雰囲気は優雅で憧れを憶えました。
いつ、どこで、どんな仕事をしていても特に日本人には欠けている気がしてなりません。

ハワイや南国で、観光などせずにビーチやプールでゆったり過ごすあの感覚にも似ています。
しかし彼らは飲むことはあってもつまんでいるのはクッキー程度だったかと思います。

午前と午後の仕事の真ん中辺りに一服いれる。
非常に大切なことです。
最近はこんなゆとりの時間がもてない方も多いことと思いますが「働きすぎの日本人」。子供のみならず大人も是非是非一服を取り入れてみてください。
その後の仕事もうまくいくこと間違いなしです。

なんて書いてますが私はサボるのが好きなだけかもしれません。
でもタバコは吸わないのできっちりとした「休憩」を頂かないと割りに合いませんよね。




著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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