「義理」 の由来

義とは私利私欲にとらわれないこと。
これは先日テレビで勉強した義を重んじた上杉謙信の生き方。

■「義理」の由来

義(ぎ)は人間の行動・志操に関する概念である、とは広辞苑から。
儒教における義は、儒教の主要な思想であり、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつ。
正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念。
やはり「私利私欲にとらわれないこと」に行きつく。

理とは、中国哲学の概念であり、璞(あらたま)を磨いて美しい模様を出すことを意味することから「ととのえる」「おさめる」、あるいは「分ける」「すじ目をつける」といった意味が派生する。
仏教における理は、治める、正すといった意味。

どちらも私の好きな文字である。
ところが、義理となるとどうだろう。

本心はやりたくないけれども、仕方なく行わざるを得ないから・・・
現代人にとってあまり関わりたくない、面倒な儀礼のように捉えられている。
しかし、義理とは本来、上記のそれぞれの解釈からも容易にわかるように物事の意味や道理といった物事の正しい道筋また正義の道理、対人関係や社会関係で、守るべき道理のことを表す。
つまり現代人の義理解釈は、義理を義務のように捉えた結果なのだろう。
こういったことはもちろん近年になってからである。

ただそういった義理ですら失われつつある、その先のお付き合いというものが見え始めているようだ。
それは最後であり最高の義理行事と言える葬儀に顕著に見え始めているように感じる。

葬儀とは果たして誰のために弔問に訪れるのだろうか?

私は故人に対してだと考えていたが、どうやら一般的には、残された人とのその後のお付き合いという考え方もあるらしい。
だから個人との付き合いが切れれば足を運ぶ必要なしと考えるわけだ。
それこそ、私にとって義理のはき違えに感じてならない。
そしてそれを感じ取ってか、最近は近親のみでの密葬が支流になりつつあるという。
確かに残された人がそういった必要性を感じなければ、何も盛大にやる必要はないのだろう。
皆さんの考え方はどうだろう?

そして今日はバレンタインデー。
義理の意味をはき違えさせたチョコレートの日です。
先日ラジオで、お世話になった先輩に毎年アルコールを贈る女性の話が紹介されていました。
貰った先輩も勘違いすることなく、それを会社の人たちと分け合うのだとか。

お歳暮、お年賀、お中元に続く新たな贈答品と考えより気軽に、より身近に感謝を表すいわゆる「友チョコ」ならバレンタインもいい感じ♪
なのかもしれないですね。




著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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