「天気」 の由来

あなたは天気予報をどのくらい信じていますか?
私は・・・当たるも八卦当たらぬも八卦くらいで考えているの50%くらいですかね。
家を出るとき天気が悪ければ傘を持つし、どうにも外に出なくてはならなくて予報が雨ならふってもいい準備だけして、降らなかったらラッキーと思う程度。
誰かを恨むとか、予報のせいにしたりもしないようにしています。
あくまで予報は予報。
そもそもそれほど雨が嫌いではないし、降ったなら降った日なりの過ごし方をすると。
実にいい加減ですね。

でも困るのは気温。
この季節にこの気温はないだろと粋がっていると風邪をひいてしまいます。
最近の異常気象は困ったものですね。一日の気温差が10度を超えると大変厳しいです。
それに加えて竜巻や雷雨。これは直前まで予想も不可能。
予想できたからといって身構える以外たいした防衛もできませんがね。

■「天気」の由来

天気の由来をみれば、それを予知することのはかなさを感じることでしょう。
「天」はもちろん、空を表す「天」であることは間違いないし揺るぎもない。
「気」は以前は「氣」と書かれていたことが示す通り、目に見えぬ、不思議な力と考えられてきたのだ。
「氣」の漢字がどこから来たかというと、それはご飯を炊く時に立ち上る湯気。
だから中に「米」の漢字が入るんだよ言われれば納得。
ご飯炊きあがるときに、蓋をカタカタ動くのをみて昔の人はその力を感じたわけだ。

これは今に繋がる「気功」にもみられる。

体から発せられる目に見えない力は未だに解明はされていないが、何やらその効果を見出しているから未だに信じられているのだろう。
同様に、雨風、雷といった天候も原理が何もわからなかった時代はその不思議な力に畏敬の念を抱き恐れた。
とはいえ、現代とてすべてが解明されているわけではない。
予想はあくまで予想であり100%はありえない。

先日都心を襲った震度5の地震の予知がなぜできなかったのかと責められ、「震源が深かったから。」とテレビで受け答えしているのを見かけた。
予知できなかったからといって誰かを責めてはいけない。
自然などそもそも予測が不可能なものなのだから。



著者: tossie

居住地域:北関東
年齢:70年代生まれ
趣味:釣り、散策

言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。
ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。
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