「白ばくれる(しらばくれる)」 の由来

「しらばくれる」・・・知っていながら知らないふりをすること。
私はしらばっくれるのが苦手です。これが辛い。
多くの真実を相手に伝えなければ気がすまない。
つまりは軽くお節介なのかもしれません。
でも人より多くのことが見えてしまうのです。
多くの未来が見えてくるのです。
だから相手が不幸になる前に伝えておきたい。
そういつも思います。でもやはりお節介なのかもしれません。
どんなに注意しても、言葉で伝えたところでそこは人間。
心の奥底から改心したり、生き方を変えなければ・・・
やはり同じ道に戻っていくのです。そんなものです。
だから見える人はどうするのか、それはいつも笑っているのです。
過去に自分が苦手だった人が目の前にいたとします。
あなたはどんな表情になるでしょう。
嫌悪感を隠そうと努力するでしょう。あまり目を合わせないことでしょう。
できれば会いたくないその人が目の前にいるのです。
仕方がありません。
でも もし・・・その目の前の苦手な相手が何を考えているかがわかったなら、目の前のその人が、過去や未来で苦難に立ち向かうその姿が見えたならあなたはどんな表情になるでしょうか?
そのときの表情にはあなた自身の現在の大きさが現れるのです。
罵り、蔑むあなたはまだ気付いていません。
特に平常心でいられるあなたは人間のできた人です。

ただ、その先があるのです。
それは相手にかかわらず、いつも笑顔でいるということなんです。
そして相手をその笑顔で包み込むのです。
《怒る人よりいつも笑っている人のほうが怖い》
これはある意味的を得ています。
分からないから笑っているのではなく、すべてが分かっているから笑っていられるのです。
そして顔が作られていきます。あなたの顔はあなたの人生が作るのです。
そしてその「看板」で相手に問いかけてみましょう。
曇りなき眼で伝えればいい。
笑ってそっと、「あなたはその人生を選びますか?」と。
相手は自らを見つめなおすことでしょう。人生をやり直すことができるでしょう。
しらばっくれるわけにはいきませんね。それで皆の幸せに繋がれば。

■「しらばくれる」の由来

おかしな話の流れでここから由来・・もなんですが、、
「しら」は「白々しい」などの「白」から、「ばくれる」は化ける意味の「ばくる」からで、「白々しく化ける」の意味からきていると考えるのが妥当のようです。
「白々しい」とか「明白」、「白黒つける」など「白」は色として使われるのがメインですが、もともとの語源を見ると「白」は、「はっきりしている様子」を意味し、それを色に例える事で「はっきりしている」=「白色」ということのようです。
「しらばくれる」に話を戻すと、「しらばっくれる」を見てわかるように、若者ご用達の「ばっくれる」という言葉もここから来ているそうです。
奥深く感じた今日の由来が最後にきていっきに身近に感じます。

私の解釈で言えば、「白」はクリア、透明、何色にでも染まるとなります。
「はっきりしている」がよく理解できません。
でも私が説明したかった笑顔は正に「何色にでも染まる無色の白」なんです。
相手に合わせ、相手に染まり、相手の気持ちを理解する。
そして笑顔で真実をそっと告げるのです。相手の安堵の気持ちの間から相手の心の奥底に浸透していく「白い笑顔」なんです。
「白々しく笑う」ではなく「白のように笑う」のです。




著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

一言コメントする

メールアドレスは公開されません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)