由来メモ

Archive for the '行動' Category

「SOS(エスオーエス) 」の由来

万一自分がピンチの時、例えば山で遭難したとしましょう。
ヘリコプター等で見つけてもらうためにあなたはどうしますか?
おそらく広場に出ることでしょう。
そして地面に棒やら石やらといったもので「SOS」と書くわけですが、特に「S」とか、難しくはないですか。
もちろん日本語で「助けて!」と書くよりも英語で「ヘルプ、ミ~」と書くよりかは簡単ですが、曲線とは意外に難しいものです。

「SOS」って何なのでしょうね。

■「SOS」の由来

由来はどこから来ているのかを調べてみると、それはモールス信号の「S、O、S」からだと言います。
Sのモールス符号は・・・、Oは---とのことなので、「 ・・・ --- ・・・ 」となり、非常時にも打ちやすく、他の通信と間違われないものということで決められたのだそうです。
SOSを最初に打ったのは、皆さん御存知の豪華客船タイタニック号といわれています。
これはちょっと驚きですね。
おかげさまで想像するのは簡単です。

1912年に起こったこの海難事故以来、このSOSは、受信した場合あらゆるものを差し置いても救助にあたらなければならないという最優先の緊急信号となりました。
SOSは「Save Our Souls」の略だとも言われていますが、後で考えられた語呂合わせだそうです。
確かに略すの大好き我々日本人にはこちらのほうがしっくりきますが真実は違っているようです。
1912年に国際条約として決まるまでには、SSSDDDやSOEといった信号にしようという提案もありました。

あれから・・・タイタニック号の事件から100年以上の月日が流れています。
しかし我々人類は、それほど進歩をしていないようです。
というかどちらかと言えば退化のようにも見えるし、文明の驕りなのかもしれません。
イタリア中部ジリオ島沖で大型クルーズ船「コスタ・コンコルディア号」が座礁、浸水する事故が起きたのは我々の記憶にまだ新しいところです。
通常航路を大きく外れ、島に異常接近した際に起き、11人が死亡、多数が行方不明となりました。
船内では衝突時、「ドスン」というごう音が響き、地震のような衝撃が伝わったといいます。
船員は衝撃の直後、機関室に大量の海水が流入したという事実を船長に報告しましたが船長は「技術的な問題にすぎない」「停電にすぎない」などと、重大事故の発生を隠そうとするかのような電話連絡をしていました。
初動の遅れは乗客約3200人にパニックをもたらし、救命ボートを下ろす作業も遅れ、待ちきれず海に飛び込む乗客も。
避難誘導よりも自身の脱出を優先させたフランチェスコ・スケッティーノ船長(52)は、ほぼ横倒しとなった船を望む島の岩場から、港湾当局者に携帯電話で話しをしていたことが後日判明します。
事故発生から、わずか約3時間後のことでした。

港湾当局の係員が「船に戻ってほしい」「家に帰りたいとでもいうのか」などと迫ると、船長は「大丈夫だ。戻る」と答えていたが、船に戻ることはありませんでした。
こういった報道を目にすると緊急時のあり方というものを考えさせられますね。
「SOS」以前に人が嘘をつくという人災によって多くの命が奪われていくのです。
ミスは誰にでもありますが、間違えた後の初動に人としての在り方が問われます。

ちなみに船長の刑期は禁錮2697年にのぼるとも言われているそうです。

<内訳>
故意による殺人罪で15年
客船を座礁させた罪で10年
船長が船から避難してしまった際に取り残された乗客300人に対する責任として、1人につき8年で2400年
34人に及ぶとみられる死者に対する責任として、1人につき8年で272年
ついでに余罪・船長の愛人が同船に乗っていた件・・・ 

「SOS」はなるべく簡単に相手に自分達の非常事態を知らせる暗号として確立しました。
通信技術の乏しかった時代の知恵とも言えます。
このことを肝に据えて二度と同じような事件事故は起こさないようにして欲しいものですね。


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投稿者 としお カテゴリ 災害,状態,行動 コメントなし

「粗相(そそう)」の由来

不注意や軽率さから誤りや不適切なふるまいをすることを「粗相(そそう)」と言います。
詳しく調べてみると、更に「大便や小便をもらすこと」という訳もありました。
更に更に粗末なこと。粗略なこと。軽薄であること。また、そのようなさま。
この言葉には「子供や犬などペットの失態」といった意味が現代では強いような気がするのは私だけでしょうか?
その「そそう」という発音の緩さから「大便や小便の失敗」だけにスポットが当たり一人歩きしているのかもしれません。

漢字で書くと「粗相」となります。
少し印象が違ってきませんか?
我々にあまり意識の薄い粗末や粗略といった意味がもしかしたら本来のものなのかもしれませんね。
漢字一つで言葉の印象がだいぶ違ってくるものですね。

■「粗相」の由来

「そそう」という言葉は、仏教に関連することから生まれた言葉と言われています。
「粗相」は「麁相(そそう そさう)」を語源とするという考え方が有力なのだそうです。
仏教語に「四相(しそう)」というものがあり、物事や生物の移り変わる姿を四つの段階

一、生相(しょうそう) これは事物が生起すること。
一、滅相(めっそう) これは事物が崩壊すること。
一、住相(じゅうそう) これは事物が安住すること。
一、異相(いそう) これは事物が衰退すること。

があり、万物の生滅・無常の姿を表現していると言われています。
これら「生・住・異・滅」の「四相」を、人の生涯の生・住・老・死の各相に当てはめたものを「麁四相(そしそう)」と言います。

人の生涯には無常さがあり、弱きところもあり、軽率な時があったり、間違いも起きます。
「麁四相」が「麁相」となり、軽率なさまや過ちなどの意味合いで使われるようになりました。
そういった意味の変化に伴って、「麁」に大雑把なことや落ち度を意味する「粗」の字が当てはめられ、「粗相」の漢字の組み合わせが生まれたとのことです。

「粗相」には壮大な人生と、たくさんの時間、人間の善悪までも絡んでいたのですね。
そんな中で、「便の過ち」などたいした「粗相」ではありませんね。

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「腹いせ」の由来

うまくいく時ばかりではありません。
二人いれば二分の一、三人いれば三分の一しか成功をおさめることは叶わないのです。
もちろんそれぞれの思い入れの度合いは異なることでしょう。
自分が一番であると確信していたなら、よりその負の衝撃は大きいことでしょう。
そんな時に皆さんはどうしますか?

一番は寝ることです。
物事にもよりますが、疲れていたならより負のスパイラルを受け取るリズムを呼び込んでしまいます。(悪いことって続きます)
しかし、夜までまだ時間があったらそうもいきません。
憂さ晴らしに出かける人もいるでしょう。
だいたいそれは、消費型でカラオケだったり暴飲暴食、酒を飲む方もいらしゃることでしょう。
それで済むかたばかりではありません。
ただ・・・これだけはやってはいけません。できれば避けましょう。
それは「腹いせ」です。
怒りや恨みといった晴れ晴れしない気持ちを他に紛らわせるため、その抱えたストレスを他人に害の及ぶ形で発散させることを言います。
特に暴力的行為をとることが多いようです。
私も最近やってしまいました。
考えてみれば原因は些細なことでしたが、
雨樋、扉、掃除用品のいくつかを破壊し、自らの手も負傷いたしました。
酒を飲んでいたわけでもなく、突然切れてしまったため終わってみるとすごく自己嫌悪。
現場にいた人には後日合わせる顔がありません。
皆さんも気をつけてくださいね・・・

■「腹いせ」の由来

由来は二説あるようです。
二つはそもそも漢字が異なるようで、一つ目は腹いせを「腹癒せ」と書くもの。
こちらは現代の辞書でも確認することが出来、「腹癒せ(はらいせ)」=怒り・恨みを他の方面に向けて晴らすこと。
癒やすという漢字を使う所から分かるように立腹した腹を癒やすということになります。
自分の心を癒すために(スッキリさせる)、人に八つ当たりするというわけです。
もう一つは「腹居せ」と書いて腹を居させるという意味の説。
居させるは座らせるという意味で立腹した腹を座らせるということ。
「腹が立つ」とに対して「腹を座らせる(居させる)」
もともと実際に立ったり座ったりするものではありませんが、
こうしてみると、そのような気がしてくるから不思議ですね。
「居る」という語の中に「動揺した気がおさまる、落ち着く」
という意味があるので、それから派生した言葉と考えられるとのことです。

今回ばかりはその信憑性は50%50%な気がします。
ただ、私の経験から言わせていただくと、後に残ったのは嫌悪感や罪悪感など人を巻き込んだことに対する後悔の気持ちです。
どちらかといえばそちらのほうが当初の怒りより、時間の経過があっても癒えにくい気がします。
だから、腹が立ったときに座らせる努力が必要でした。
今は座ったものの、そこにはイスがなく、床に転がったような気分です。


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投稿者 としお カテゴリ 行動,行為 コメントなし

「注文相撲(ちゅうもんずもう)」の由来

昨日の相撲でのお話。
やらせ問題もあって、いや私は元からそれほど興味はないか。
それほど興味も無い相撲ですが、今日のネットでのニュース記事が気になった。
大関把瑠都が唯一の全勝を守っていた。
外国人力士のせいもあって館内はブーイングの嵐。
そしてこの日の対戦相手は同じ大関の人気者稀勢の里。
横綱白鵬の出番の前だが、間違いなくこの日の一番の注目の取り組みだ。
時間いっぱい。
館内は全ての目が二人に注がれていたことだろう。
そんな緊張感はコンマ何秒かでため息へと変わった。
立ち合い一瞬のはたき込みで把瑠都が勝利したのだ。
場内は珍しく「帰れ!」コールの連呼。(ちょっと生で見たかった)
過去のデータもそれに拍車をかけたのだろう。
対稀勢の里、過去17勝3敗で現在6連勝中。
取り組みの後、把瑠都は「体が勝手に反応した。見に来たファンの皆さんに申し訳ない」と謝罪したそうだ。

《注文相撲》

新聞、各種メディアにはこの文字が躍った。
注文相撲とは?
相撲で、有利な体勢に持ち込むために工夫した技を打つこと。
他方では、有利な体勢にもち込むために、なりゆきではなく特に策を用いた相撲のこと。
立会いの変化であっという間に勝負がついてしまった。
解説者も含めて、「真っ向勝負」を期待していただけに、「勝負にこだわった」相撲が不満に感じたのだろう。
ただ、猪突猛進する側も、それを読んで変化する側もお互いに相手の心理を読みあってハイリスクハイリターンに賭けていわけでお互い様ともいえなくもない。
「横綱だから、大関だから変化はいかん」という意見も理解できる。
ただ今回は大関同士の取り組みなわけだ。
ただ観客はお金を払っている以上、元を取れるだけの相撲を期待するのも理解できる。
私自身もそうだ。

■「注文相撲」の由来

「注文相撲」とは、いわゆる立ち合いの変化のこと。
ここでの変化とはまっすぐに突進しないという意味と考えられ、こうした戦法を用いた相撲を注文相撲といいます。
「注文」とは作戦を意味します。
立ち会いの後相手にぶつかりに行くのではなく体を右、あるいは左に変化させて、突進してくる相手の勢いを利用して倒す。
奇襲作戦、心理作戦の一種。
「立ち合いに変わる」とか、「立ち合いに注文をつける」という言い方からその由来はきていると思われます。
相撲用語つまり業界用語の一つのようです。

相撲用語については下記参照

「知って得する大相撲用語集」

もちろん相撲好きには当たり前なのでしょうけど、私は初めて聞いた気がする。
メディアで当たり前のように使われるのも「国技」だからなのだろう。
同時進行で、東幕下15枚目の元学生横綱の佐久間山(23)という力士がいる。
2011年名古屋場所での序ノ口デビューから負けなしの27連勝。
板井(元小結)と並んでいた史上1位記録を更新したんだって。
佐久間山が33年ぶりに記録を塗り替えた。
「ここまで平常心で来られた。あと1番も気持ちを切らさずに。早く場所が終わって、いい報告がしたい」と全勝優勝へ気を引き締めた。
この日の取り組みについて立ち合いで出遅れる。
安芸乃川に突かれ、押されたが、相手を受け止めてもろ差しになると、佐久間山が勢いのまま一気に押し出し。
「昔からプレッシャーを力に変えてきた」。
高校、大学時代はいつも、5人ずつの団体戦で大将の立場。
2対2の五分では最後のとりを務め、チームを勝利に導いてきた。
「それが今の精神力に結びついている」と本人は語る。
この佐久間山の取り組みを見たんだけど、すごかった。
全身全霊ぶつかってきた相手を正面から受け止めてじりじりと前へ押し出し寄り切る。
決まり手こそ派手さはないが、見ていて分かる。強い。
それはガチンコ本番のはずなのに、さながら横綱の出稽古だった。
相撲ファンでない私の個人的な見解だが、これからの彼に期待したい。


相撲のひみつ

投稿者 としお カテゴリ スポーツ,行動,行為 コメントなし

「夜なべ」の由来

「かぁ~さんがぁ~ よなべ~をして」
私も現在これを夜なべ作成中です。
夜なべにはいくつかの由来があるとされています。
一つめは誰でも単純に考えるであろう、「夜鍋」説。
夜仕事をする時、鍋で物を煮て食べながらしたということ。
でもよくよく考えて見ると、仕事中に(どんな仕事かは知らないが)団欒で楽しむべき鍋をつついて楽しいだろうか?という疑問が湧き出てくる。
更に夏であったならそれはかなりしんどい。
調べてみても具体的な話もないので信憑性は薄そうである。

次に「夜並」(よなべ)からという説。
「夜並」説は、夜を昼に並べることからきたとするもの。
はっきり言おう。
意味が分からない。
いつ頃できた言葉かも不明だがもちろん最近ではないことは確か。
セブンイレブンもないのに今のように昼夜逆転の生活をしているひとなど
数十年前でも、もちろん少なかっただろうからどう考えても並べるのは不自然。
そうか・・だから簡単に鍋にしたのか。いや納得しては不味い!
それに「かぁちゃん」の夜なべは明らかに無理をしている。
昼と同じ気分で作業できるはずが無い。
ありえない。もちろんこれ以上掘り下げない。

お次は、昼の仕事を夜に延ばしたことからの「夜延べ」説。
これは何となく納得できる。
しかも更に「夜延べ」説には夜遅くまで仕事をするという説も含まれてくる。
夜に延ばしただけでなく、夜を延ばしたという意味も含まれてくる。
言葉の構成からもやはり最有力とされているようだ。
この辺でやはり落ち着くのだろう。
「かぁちゃん」もきっと愛に満ちていたのだろう。
夕方には大方出来上がっていたはずだ。
それでもよりよいものを子供に作ってあげたかったのだろう。
より暖かいものを・・・あれ 冬?

ということで個人的には「夜鍋」説でいきましょう!

投稿者 としお カテゴリ 行動,行為 コメントなし