由来メモ

Archive for the '自然' Category

「十和田湖」の由来

青森県に宿泊する時に、格安で寛げる場所に一泊とろうと検索してみたら十和田湖って言葉に行き着いた。
温泉街のような雰囲気だし、やはり近くに湖があるというのは気持ち落ち着くし、ゆっくりできるであろうと検索して宿を決めた。
それから観光を探してみると、遊覧船やボートなどの他にも奥入瀬渓谷って有名な場所があることを知ってその日が楽しみになった。

十和田湖(とわだこ)は、青森県十和田市、秋田県鹿角郡小坂町にまたがる湖。
十和田湖というと青森県というイメージが強いような気がするのは、「奥入瀬渓流」や「八甲田山」など一般の人が良く耳にする観光地が青森側にあるからかもしれないね。
しかし「発荷峠展望台」や「紫明亭展望台」などの十和田湖を見下ろす風景は秋田県側の方が良いように感じた。泊まったホテルも秋田側だったしね。
この風景は「日本八景」に選ばれてるんだって。
またこの両県の境は曖昧で、その争いはなんと江戸時代から。
これまで十和田湖の帰属が決まらないため、青森県と秋田県との境界は決まっていなかった。
しかし、2008年8月29日に青森市で開かれた北海道・北東北知事サミットにおいて、青森、秋田両県と、関係する自治体が、湖面の境界線を青森県6:秋田県4という割合で県境を画定することで最終合意。
同年11月14日に確定、12月25日に官報告示。
1871年の廃藩置県以来、137年目にしてやっと県境が決定したんだって。
確かに住宅が続いていていきなり県境だから変わった場所もあるもんだと思いましたが、こういった歴史がそこにはあったんだね。
正に・・「その時歴史は動いた!」だよ。
その面積もずいぶん広いと感じましたが日本の湖沼では12番目の規模だそう。
内水ながら、国の地方港湾である子ノ口港、休屋港の二港があるそう。
そういえば遊覧船は港の片道通行で、車も乗車できるとか。
この規模でなぜに??と不思議に思っていたことが解決した。

十和田火山の噴火で形成された二重カルデラ湖で、現在も活火山として指定されているとのこと。これは初耳。
最大深度327mでこちらは日本第三位だって。
東北は水深の深い湖が多いらしい。

「十和田湖」の由来

十和田湖はアイヌ語の「ト(湖)」「ワタラ(崖)」が語源とのこと。
やはり東北はアイヌの起源が多いね。
アイヌ語のト・ワタラ(岩の多い湖)が「十渡(とわたり)の湖」となり、十和田湖の字が当てられたそうだ。
なるほど、日本に湖は多いけれどこんなに水が豊富でその水が高低さを利用して渓流となり素晴らしい環境と景色を形成している場所は他にない気がする。
奥入瀬は澄んだ水と数々の滝、岩に繁茂したコケそのすべてのバランスが素晴らしい。
水がキレイ過ぎてアブが多かったけれど・・
その長さは10数キロ。すぐ隣を道路がはしり、川岸には遊歩道があり、現在進行形で整備しているみたい。
ただ、一つ苦言を呈すなら実際に行くまでは十数キロをどう見て周るかずいぶん思案したんだけど、行ってみたらほぼ車でまわれるという現実が。
確かに時間もかからず天気も悪かったから助かったんだけど有り難味が若干欠けた。
大事なことは忘れないで欲しいな。
我々が北に追いやったアイヌの人々の言葉には、自然に対する畏敬を感じるんだよね。
偉大なもの征服できないものに対する怖れと敬いの心をね。

投稿者 としお カテゴリ 自然 コメントなし

「水(みず)」の由来

普段は当たり前のように利用していますが、我々はいざという時に気付くのです。
これ以上に大切なものはないということを。
ヒトの体は自然と水分を欲します。
それがジュースでもお酒でもポカリでもお茶でもかまいませんが、本当に体が疲労してくるとそれが受け付けなくなってくるんです。
そんな時はおそらく冬ではなく真夏日でしょうから、コップに(ジョッキならなおよし)氷だけいれて蛇口を捻り、ただ黙ってその水を注ぎ込むのです。
「生き返る」必ずそう思うはずです。
水のすごいところはどんなにたくさん飲んでも冷やす以外にお腹を壊すことがほとんどないことです。
それは我々の体の中身に一番近いことの証拠となります。

先日夢のような町に迷い込みました。
川はもちろんのこと、当然ドブ水と呼ばれる裏の下水まで水は澄んでいて、所々に手洗い場や昔懐かしいガチャポン ポンプってやつが蔵の前の風情ある景色になじんでいるんです。
手を洗ったり顔を洗ったりする神社の手水のような場所が所々で見られて、夏の暑い時期などはそれを見ているだけでもでひんやり出来ます。
ただただ「清清しい」。
すべてが(汚れも罪もなにもかも)洗われる気がして、美術館のたまり水には優雅に魚が泳いでいるんです。
おそらく首都圏の飲み水より数倍キレイであろう水に。
水と「共に有る町」がそこにあったんです。
その町のすべてが清浄に思えました。
仕事途中の男性が小さな噴水のようなたまりにタオルを入れて顔を洗っています。
その清浄と水量がそうさせるのでしょう。
私のような観光客は「え!?」と思うことを地元のヒトは当たり前に行っているのです。
のどが乾いたらその辺の柄杓ですくった水を飲めばいい。
絶える事のない水資源。なんて裕福なことでしょう。

水の由来

旧仮名は「みづ」となります。
語源は諸説あるそうで、「満・充(みつ)」からであるとする説や、朝鮮語で水を意味する「ムル」からではないかとの説、「充足(みちたる)」「実(みのる)」「満出(みちいず)」などありますが、正確なものは不明だそうです。
朝鮮語とは信じがたいので、その他の中では「満・充(みつ)」が一歩有利な気がします。
でも水によって植物は実り、満ちるほどに出る水に我々は満ち足りる。
どれもそれなりの根拠を感じますね。
更に「み」が「身」のことで「生命」を意味し、「ず」は「繋げる」を意味するといった説もあるそうです。
「生命の源たる水」個人的にはこちらも一押しですが、「ず」で「繋げる」は若干苦しいかな。
そんな感じで奥が深いはずと確信した水でしたが、その井戸はそれほど深くなかったようですね。
久しぶりに残念でならない。

投稿者 としお カテゴリ 自然,飲み物 コメントなし

「雷 いなずま」の由来

自然のエネルギーってやつは我々の想像を遥かに超越しているのです。
もちろん地震に対しては皆さん今時点でナーバスになってることでしょうが、3・11被災した私の今までの体験では間違いなくこちらのほうが上でした。
今日は「雷 いなずま」について。

居間でくつろいでいたんです。
空は若干ゴロゴロ。雨は本降りだったけど、いつものことだからと今この時のように、パソコンに向かっていました。
すると突然右ほほに電気が走って三メートルほど先の電灯の辺りにバチン!と巨大なエネルギーの塊の存在を感じたのでした。
ゴロゴロゴロ~~ 落ちた。
かなり近くに。
幸い右ほほは痺れ程度だったので、恐る恐る電灯のほうへ向かい点滅を確認した。ここではない。
テレビ、レンジ、冷蔵庫、二階へあがりテレビ、照明、と一つずつ確認するが、どれも動作を確認できた。
なんで?落ちたのは間違いない。
座椅子に戻り位置関係を確認しなおして気づいた。もしかして・・
リビングからキッチンの照明辺りに光を感じたのだが、実はその先の風呂の脱衣所の先の窓。
その窓越しに感じたエネルギーだったようだ。
窓まではおよそ8メートル。更に落ちた場所はその先なのでおそらく最低でも10メートルは離れていたはず。
しかし不思議なのはやりすごしてから場所を確認したがそれらしい場所が見当たらない。
地面に焦げも見つからず、外のガスボンベや灯油缶やら工作物も一通り確認したが特に不自然な場所は見当たらない。
電線なのか・・これも後日メーター確認に来た係員に聞いてみたが、首を捻っていた。こんなことってあるのだろうか。
ただただ、右ほほの痛みだけは残っててそこだけ筋肉が強張っている。
本当に不思議な体験だったが、あのパワーの大きさは体験した人にしかわからないだろう。

雷 いなずま の由来

「かみなり」は中世以降に使われるようになった言葉でその由来は、想像どうり「神鳴り」からだそうです。
あの有名な鬼の姿や太鼓を打ち鳴らす絵画などをみても分かるように神様が鳴らしていると信じられてきました。
ちなみにそれ以前は「なるかみ」や「いかづち」と呼ばれるのが一般的でした。
「いかづち」の由来を調べてみると、「いか」は「たけだけしい」とか「荒々しい」などを意味する形容詞「厳し(いかし)」から。
「づ」は助詞の「つ」で「ち」は「水霊 みずち」や「大蛇 おろち」などのように、霊的力を持つものを表す言葉からだそうでやはりこの呼び名も当時の人々がその自然に恐れおののき、神様の存在を感じていた現れのようです。
現在でも方言や地域によって様々な呼び名が存在するようです。

その中でもう一つ気になった由来を。
「いなずま」(古来の表記は「いなづま」)稲妻
稲妻の由来は稲が開花し結実する旧暦(太陰暦)の夏から秋のはじめにかけて降る雨に伴い雷がよく発生したことに始まります。
その落雷によって大気中の窒素が田畑に固着されるため、落雷した稲穂は雷に感光することで実るという理解が生まれたのでした。
雷を稲と関連付けてその関係を稲の「つま(=配偶者)」と考えるようになり
「稲妻」(いなづま)、あるいは「稲光」(いなびかり)などと呼ばれるようになったそうです。
この考え方も、神様が鳴らした雷によって人間が恩恵を受ける。
やはり人知の届かない巨大エネルギーは神様の仕業で、それを乗り越えることで恵みを得るといった自然崇拝からできた言葉なのでしょう。
昔からこうして我々日本人は自然と共存する種族だったのです。

また雷が起きると、落雷よけに「くわばら、くわばら」と呪文を唱える風習があるのを皆さんは聞いたことがありますか?これは、あの学問の神様菅原道真の土地の地名であった「桑原」にだけ雷(かみなり)が落ちなかったという話に由来するそうなんです。
平安時代に藤原一族によって流刑とされた道真が恨みをはらすため雷神となり宮中に何度も雷を落とし、これによって藤原一族は大打撃を受けました。
唯一、桑原だけが落雷がなかったので後に人々は雷よけに「桑原、桑原」と唱えるようになったそうな。

最近巷で「想定外」なんて言葉が流行っていますが、いくら科学にどっぷり浸かった我々でも想像できない現象が起こりうるのです。それこそが神様の仕業なのかもしれません。
敵わない力に対して日ごろから謙虚に生きていくことが我々の進むべき道なのかもしれません。

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「杉」の由来

この木あなたは好きですか?
「杉」木にチョンチョン三つで杉。
この簡単な漢字のつくりをみても勝手に命名するなら「大衆木」と言えることでしょう。
なぜ最初に好きですか?なんて聞くかと言えばもちろんここ数年の流行ランキング上位をなす、「花粉」を連想させるからであります。
そんな私もよくよく考えてみれば10年以上のキャリア。
最初の数年はひたすら我慢をしましたが、その後数年は我慢できずに点媚薬と目薬を購入。
それでもいよいよ苦しくて「毎日ヨーグルト」で直近の数年をやり過ごし、今年は風邪のついでの処方箋で薬をいただくことで乗り切りました。
その患者数から製薬も進み、薬の効き目には驚きです。
ただ若干お値段は高め・・・
「そもそも杉の木が多すぎる」そんな声をよく聞きます。
確かに、田舎へいけば四方八方すぎスギ杉。
しかしよく見てください。
「杉様」は固まって生えておられるのです。
そうなんです。これらはみな植林なのです。
戦後国を復興するにあたり、植林されたものがいい感じの大きさに。
勿論、大衆木なのでニーズあってのことであったわけですが、高度成長期を迎え、安い外国産材料に押され、手入れも行き届かなくなってしまったわけです。
手入れしなければ枝毛だらけ、フケも飛びますから・・
冗談はさておき、私の憶測では他にも原因がありそうです。
例えばそれは酸性雨、例えばそれは異常気象・・
我々日本人が少子傾向なのはなぜか?
それは危機感が薄く平和であるからではないでしょうか?
戦後のベビーブームを考えれば容易にご理解いただけるかと思います。
つまり、「杉様」は危機感を抱かれていらっしゃるのではなかろうか?
自分の遺伝子をばら撒くことでそのストレスを発散されてらっさるのかもしれません。

杉の由来
杉はこの漢字以外に「椙」という漢字もあるそうです。
これは知りませんでした。ずいぶん印象も変ってきますね。
「大衆木」より「やや上品木」に勝手に格上げです。
この「昌」には「盛ん」といった意味があるそうなんです。
つまり「盛んに伸びる木」となります。
「杉」はといえば木辺に「三」の字の変形である「彡」。
こちらもたくさん並んでいることを意味するそうなので、たいした違いはないようです。(違いはやっぱり品だけ?)

呼び名「すぎ」についてですが、諸説あるようです。
すくすく伸びることから「ススキ(進木)」
まっすぐに伸びることから「直ぐな木」
成長の早さから「すくすくと生える木」
どれもそれらしいのですが、一つには絞れないようです。
まぁどれも似たり寄ったり。それほどの違いもなく、その生育(手をかけなくてもそれなりに成長する)からきているようですよ。

そんな人間の欲求にぴったりな「大衆木」の謀反。
それはこの木の持つ繁殖能力の強さなのか、それとも人間に対する危機感の表れなのか・・
どちらにしても、我々はもう少し彼らに(杉様に)敬意を払うべきかもしれませんね。

投稿者 としお カテゴリ 植物,自然 コメントなし

「台風」の由来

夏の名物といえば・・花火に祭りに海。そして「台風」
なんか違いますか?
そんなことはないはず。
楽しいものですよ台風。
一過の爽やかさに、学校は臨時休校。海には様々な生き物がうちあげられ、普段とは別の景色が楽しめます。
そうです。地震・雷・火事・親父の江戸の華のノリで楽しんでしまえばいいのです。
とは言いましても、やはり「災害」であることには間違いありません。
被災者が少なく済むことを毎回祈るばかりです。

ところでこの「台風」、漢字に疑問が残りますね。
風はわかりますが台って。
台湾から来るから?
そんな疑問の答えを探してみましょう。

英語では・・ハリケーン?
これはなんとなくイメージに合うネーミングな気がします。
それなのに一つ一つに女性の名前をつけてしまうアメリカは面白いですね。
女性特有のヒステリックなイメージから?冗談はさておき、記憶に新しいところでは、カトリーナが大暴れしましたね。
死亡者:1836名 行方不明者:705名
原油価格の高騰や穀物市場への影響など、去った後もその後遺症は我々の記憶にいつまでも刻まれることでしょう。

ハリケーンの由来は、スペイン語「ウラカーン」からだそうです。
ウラカーンはカリブ海沿岸で「暴風の神」のことをさし、スペインの船乗りたちが「とぐろを巻く」という意味で用いたことがきっかけで、「ハリケーン」の意味になったのだそう。
これに基づけば、日本では「風神23号」とかでもいいのでは?
漢字なのでおそらく・・大陸からなのでしょうか。

台風の由来
古くは日本では、「野分き(のわき)」と読んでいたそうです。
これはあの、「源氏物語」の巻名にも使われているとか。
以外に歴史が古いのに驚きましたが、すごく柔らかい呼び方だったのですね。
気象用語としては、風速32・7メートル以上のものを「颶風(ぐふう)」と呼ぶのが一般的なのだそうです。
明治時代末に、それを当時の中央気象台長であった、岡田武松さんが、「颶風(たいふう)」を用い、当用漢字が定められた1964年以降は「台」の字に代用されたそうです。
それから「台風」となりました。

ただその、「颶風」の語源にはいくつかあるそうなのです。
1 ギリシャ神話の風の神「テュフォン」が「typhoon」となり、「颶風」というギリシャ説
2、アラビア語でぐるぐる回るの意味の「tufan」が「typhoon」となり「颶風」というアラビア説
3、台湾や中国ではもともと「台湾付近の風」という意味で「颶風」が使われていた大陸では激しい風のことを「大風(タイフーン)」と呼んでいたという台湾中国説

最初に書いた憶測では正に台湾中国説ですが、できれば自然に対して畏れ、敬う神様の説が私にはしっくりくるようです。
ギリシャ説に1000点!

投稿者 としお カテゴリ 災害,自然 コメントなし