中学生の頃ってちょうどそれぞれの進路が決まってくる時期です。 といってもそれは、進学とか就職とかそういったものではなくてアイドルが好きとかバイクに乗りたいとか卓球部に入るとかなんていうかそう、それぞれのキャラクター、立ち位置ってやつです。 自分の場合は目標もないのにとりあえず進学することが第一にあり、更にやりたくも無いのにスポーツが得意だったためいくつか掛け持ちでやらされていたことでそういった文化から完全に取り残されていました。 いざ、部活が終わると何をしていいのかわからず、プロレスに行ってみたりオシャレをかじってみたりしたわけですが中々しっくりこなかったものです。 一番理解に苦しんだのが不良グループ。今で言うヤンキーの皆さん。 単車とか煙草とか喧嘩とか自分はどれも興味がありませんでした。 そんな皆さんが崇拝していた音楽がBOØWY。 もちろん私はこちらも興味がなかったので名前くらいしか知りませんでした。 BOØWY(ボウイ)は日本のロックバンドです。当たり前か。 1980年代に活躍。1981年結成、1988年解散。 群馬県高崎市出身の氷室京介さん、布袋寅泰さん、松井恒松さんを中心に結成されました。 初ライブ後に高橋まことさんが加入し、1982年にデビューします。 当初は6人編成だったそうですが、同年の秋に2人が脱退。 その後は解散まで4人編成で活動しました。 特徴は8ビートを基調としポップでありながらもシャープでエッジの効いた縦ノリのロックサウンド。 ジャン=ポール・ゴルチエをステージ衣装に採用したり当時としては斬新な逆立てたヘアースタイルなど、ビジュアルでも多くの支持を集めたようです。 また「誰にも似ない」「何処にも属さない」というバンドスタイルやメディアをほとんど利用しない強気な姿勢が逆に功を奏し後のバンドブームに多大な影響を与えたようです。 絶頂期での解散ということも伝説的な扱いを受ける理由の一つなのでしょう。 BOØWYの由来 ボーカルの氷室さんは、BOØWY結成以前は、レコード会社の意向によりスピニッヂ・パワーというバンドののボーカルとしてデビューしました。 が、音楽性の違いから脱退。 同時に付き合っていた彼女とも別れてしまい、音楽の道を諦め帰郷する決意をしました。 最後のつもりで立ち寄った日比谷野外音楽堂でのRCサクセションのライブ。 そこで受けた衝撃の勢いそのままに一念発起したのです。 群馬時代のライバルであった布袋さんのもとへ連絡を入れます。 六本木アマンドの前で再会。 同郷のライバル同士ではありましたが当時の2人の間にそれほど面識はなかったので布袋さんは、てっきり群馬から東京に出てきてチャラチャラした生活をしている自分を知った氷室さんが殴りにきたのではないかと思ったといいます。 再会してみると群馬時代は硬派だった氷室の風貌がニューウェイブ風に変化していたので驚いたというのが第一印象。 そこでバンドへの誘いを受けるわけですが、殴られると思って呼び出された布袋さん。 「地元でも有名な不良少年の氷室さんが怖くて誘いを断りきれなかった」 と後に半分ネタとして語っているそうです。 そうして結成されたわけですが、その名前の由来は・・・ 関係者の誰かが「男だけだからボーイってのはどう?」で始まったと言います。 「デビットボーイもいるし、いいかもね」 同調するメンバー。 ちなみに氷室さんは、どうでもいいから他人にお任せだったよう。。 「ボーイ」と読めるアルファベットが紙に何種類か書き出されました。 そこに「Ø」を入れたかった布袋さんの意見が取り入れられ、「BOØWY」に決定したとのことです。 ところが! 当時ありがちな「事務所の意向」が働いたのか・・・ 所属事務所ビーイングのスタッフにより「暴威」という印刷が上がってきたのでした。 デビューの時には「BOØWY」となり、ことなきを得ましたが、さすがにその名前ではブレイクしなかった気がするのは私だけでしょうか? 他にも候補として「群馬暴威」と言うものもあったのだそうです。 更にダサい感じがしますがジャニーズならありそうな気も・・・ エピソードいっぱい 氷室さんはバンドを結成した当初は、英会話教材のセールスマンをしていたらしい。 意外にも営業成績も優秀だったといいます。人は見かけによらない? 車の誘導のアルバイトでは車をぶつけ、パチンコ屋では台を壊し、ゲームセンターでは出勤3日目には先輩を見切り一日中ゲームをしていたとか。 これはそれっぽいですね。 氷室さんの芸名の由来は、漫画「ワル」の主人公からで初期は「狂介」でしたが京都の占い師に「“狂”という文字は絶対に使ってはいけません」と言われ、現在の「京介」に改名。 その後売れたため、もう占いをしないと決めたのだとか。 氷室さんはまったく酒が飲めず、専らコーラか飲む時でもカルーア・ミルク。 本当でしょうか? 一方布袋さんは酒に強いため、ライブハウス時代に他バンドの打ち上げの席でBOØWYを宣伝する広報係を担当していたらしい。 体の大きさそのままにラッパ飲みしそうですよね。 布袋さんは喫茶店のアルバイトの面接に行った際「背が高すぎる」という理由だけで不採用になったことがあるとか。 本当にそんなことあるんですね。 夜中に酒屋の脇に積んであるビンを頂戴し、翌日何食わぬ顔でそれを売りに行って小銭を稼いでたという武勇伝も。 などなど・・・最近のバンドマンにはありがちな話ばかりかもしれませんが時はバンドブームの走りであった時代。 そういった全てが我々の世代に新鮮に映ったのではないでしょうか。 全ての不良少年の憧れになっていったのでしょう。 そんな事実を私は今知りました。笑
埋め込むにはこの URL をコピーして WordPress サイトに貼り付けてください
埋め込むにはこのコードをコピーしてサイトに貼り付けてください