「問屋(といや、とんや)」 の由来

私はなるべく安く買い物ができないものかといつも思案している。
セール品が好きだし、ワゴンは必ず物色するし、見切り品があると必ず立ち寄る。
それでも中古品や売れ残りでは供給にも限界があるので更なるものを求めて行き着いたのはお馴染み浅草。
特に高額のキワモノなどは品も良くて安価だから信用が出来る。
俗にその近辺の下町は「問屋街」というらしい。
問屋ってのはつまり、生産者から商品を仕入れて小売業者に卸売りする商店てことだけど、昔からその名前にもやってることにもいくつか疑問があった。
確かに遠方から来る品物なんかだと仲介業者が必要なのは理解できる。
でもそこには人件費やら送料やら保管費やらってものが乗っかってどんどん高くなる。
今の時代だから産直形式で個々がやり取りすれば問屋さんて必要ないのではなかろうか。

■「問屋」の役割

参考になる考え方を見つけた。それによると、製造元は1個あたりの単価を安くする為、大量に製品を製造するのだそうだ。
なるほど、それには納得。もちろん大量生産できるものに絞られはするが。
消費者は大概、製品は1個あれば十分。
だから製造元が作った製品はすぐに全て売りつくす事は難しくなってくる。
単価を抑えるために、たくさん作ってしまったのならなお更だ。
それはそうだろう。すべて売るにはそれなりに時間がかかる。
しかし製造元は経理上の理由で1月単位での売り上げを要求されるから、そこでクッションが必要になるというわけだ。
それが製品卸問屋や販売店てことらしい。
販売店も消費者も、その場で購入できれば中間マージンを取られずに安く購入できる。
つまり問屋さんは必要がなくなってしまう。
だから問屋さんは生産者から一気に大量に商品を買うことで製造者を助け、大口の取引先になることで存在感を示し、製造者と切っても切れない関係を構築するのである。

■「問屋」の由来

問屋は「といや(とひや)」が転じた言葉だと言われているらしい。
平安時代末期、荘園領主の命を受けて年貢米の輸送や保管、船の手配などをするため港で米の管理をしていた人を「問職(といしき)」と言ったそうだ。
鎌倉以降の時代になると専業化し、「問丸(といまる)」と名前をかえ取引の仲介や船商人への宿所の手配なども行うようになる。
取引の仲介つまり、卸売りを業としていたわけですでに現代の問屋に働きは似ている。
近世になり、陸上輸送なども行うようになると「丸」から「屋」となり、「問屋(とひや)」と呼ばれ、更に江戸時代になりると「問屋(とんや)」に転じていった。
その歴史が平安であったとは夢にも思わなかった。

ものづくりもしないで仲介することで利益を得る。
なんだかずるいって気がしていたけど、そこは大きなお金も動かすし、博打にも似たところもある。
仕入れたものを保管するというリスクだ。
損なわれるかもしれない。値段が落ちるかもしれない。
そんな賭けのような商売が苦手だから私の中に問屋という制度が馴染まなかったのかもしれない。
やっぱりネット時代の現代でもなくてはならない職に思えた。
それでも消費者の心理では物はやっぱり安いと助かる。

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著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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