「観光」 の由来

観光とは・・他国や地方の景色や史跡などを見てまわること「光を観る」なんて。
どうしてこんな漢字を当てたのでしょうね。
観る、観にいくことに間違いはありませんが、どうもこの漢字昔からしっくりこなかったんです。
「かん」で検索してみると、色々な漢字が出てきます。

「歓」…楽しみで行くのだからこれでもいいかも。
「感」…色々な感覚、感性、諸々を養うのでこれでもいいかも。
「環」…環境の変化を楽しむのでこれでもいいかも。
「漢」…中国へ行くならこれでもいいかも。
「韓」…韓国へいくなら・・笑
「寒」…寒いところへ行くのなら、、苦笑

そんな感じで、「かん」だけでも様々な選択肢がありますが、もっと大きな問題は「こう」のほうですよね。
「こう」は冒頭で書いたとおり、「行」であってしかるべきだと思うんです。
なんなら、街角アンケート形式で、渋谷のセンター街で老若男女に聞いてみたなら、「観行」って書いちゃう人けっこういないですかね。

観光の語源

観光は中国から来た言葉なのだそうです。
漢字の本家なのに・・この漢字??
クレームを付けるのも恐れおおい、あの有名な「易経」からなのだそうです。
「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」という一説から。
この一文からでも分かるように観光の本来の意味は「国の威光を観察する」ことなのです。
兎角昔から、王様と言うものはどこの国でもその王座から動くことがありません。
圧政というものは民衆の気持ちを理解できないものです。
だから現代でも「できた王子」あたりが民衆にまぎれてその苦しい生活を体験することで、その後の政治に活かすといったドラマ映画が多数みられるのでしょう。
星の王子ニューヨークへ行くとか、(これはすこし違うか)知り合いに頼まれた韓流ドラマ「イサン」もそんな感じでした。(ばかにしていたけど一話みたら続きが気になった)
日本においてこの言葉が使われだしたのは、明治時代頃から。
大正時代になると、英語ツーリズムの訳として用いられるようになり人々に浸透していきました。
観光は私のように愚かにただ楽しむために行くのではなく、その経験を帰ってから、国の繁栄・国民の意思統一に活用して行かなければならないのかもしれませんね。
そう考えれば、「観光これすべて研修旅行」なのかもしれません。
すべての人がオンリーワンだから、「国民すべてが王」になりかねないけど・・
ただ、私、漢語とか苦手なんで・・・
「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」の受け取りの意味が違ってたら、せっかくの先人の有難い言葉も何の意味もない♪になってしまうわけで・・



著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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