「ロッテ」 の由来

子供の頃収集したものって何歳になっても思いでは消えないものです。
私の時代の子供はこれを避けては通れなかったんじゃないでしょうか。

「ビックリマンチョコ 」

チョコのスナック菓子にオマケとしてシールが封入されているというもので、値段は一個30円。
シールの種類は天使と悪魔とお守りの3枚1組で各12種ずつ。
それが2ヶ月ごとにバージョンチェンジされていくというものでした。
1箱(40個入り)に1,2枚だけ貴重なヘッドというレアシールが入っている。
これが子供達を熱狂させたものである。

発売された翌年から小学生を中心に大ブームを巻き起こす。
毎月の販売数は1300万個にものぼっていたそうでのぼり、出荷金額は1000億円を超えていたとか。
その一方。様々な社会現象・社会問題もおきました。
例えば、目当てのシールだけを抜き出し、チョコレート菓子を捨てるといった行為。
これは私も当時たくさん見かけました。
私は食べ物を大切にしなさいというおばあちゃんの教えと、チョコの挟まったウェハースというそれが気に入ったので、友人から集めては冷凍庫に入れて小出しでおやつにしていたのを思い出します。
もちろん自分で買ったものも全部食べないと次は買ってもらえませんでした。
また、購入資金が裕福な年齢層やそういった家庭による「大人買い」と呼ばれる大量購入行為も生まれました。
人箱1200円てことだから、確かに今の自分だったら子供がいたなら大人買いしている気がします。
それで必ずヘッドが当たるなら安いもの・・いやいや教育間違ってやしませんかね?
その為品薄になる地域が各地で多発します。
それに伴い、1人あたりに対する販売個数を制限対応もとられ、更にその人気に拍車をかけました。

お金があっても買えないというジレンマで、レアが当たらないという悪循環。
また、都市伝説的に、箱の前から3番目か4番目と8番目がヘッドが当たりやすいといった情報も流れました。
これもよく憶えています。
根拠のないデマだといいますが、実際そういった買い方をみんなしていました。
これらの問題を踏まえ、販売元の「ロッテ」は「ビックリマン憲章」なる規定を作ったといいますが私は今の今まで聞いたことがありませんでした。

一つ、シールの売買の禁止
二つ、チョコレート菓子の完食
三つ、シールをトレードすることにより親睦を深める

そうそう。
発売元はこの「ロッテ」
今日はこの会社を取り上げるわけですが、
当時、類似品、模倣品も多数出現し、そんな中で玩具メーカー「コスモス」によるシールの偽物(「ロッテ」の部分を「ロッチ」として販売)というものが未だに子供心に鮮烈に残っているのでそのことは是非記したかった。

子供を騙しちゃいけません。
ブームもいづれ衰えます。
ビックリマンの場合は公正取引委員会による勧告がその原因の一つにあったといいます。
公正取引委員会は1988年、ロッテに対してシールの価格差を無くす、種類毎の混入率を均一にする、特定のシールに価値が出るような広告をしない、という3つの自粛案を出しました。
結果ヘッド、天使、悪魔、お守りの割合を25%均等に振り分けられます。
今までキラキラと光っていたホログラム仕様のヘッドは地味なシールとなり、ヘッドが当たる確率は悪魔と同じ割合にまで引き上げられ・・・まぁそれでは買いませんね。
誰でも当たることほどつまらないことはありませんから。
私もきっかけは覚えてませんが、いつの間にか買わなくなりました。

■「ロッテ」の由来

社名については、創業者の重光武雄さんが愛読していたドイツの文豪ゲーテの「若きウェルテルの悩み」のヒロインである「シャルロッテ」に由来するのだそうです。
2006年11月21日には、発売社名の由来であるこの「シャルロッテ」と同名のチョコレートが販売されました。
女性を意識した「クラシカルでドリーミー」な世界観を演出するために社名に関わる「シャルロッテ」を採用したとのことです。
更に、ロッテといえばキャッチコピーであります。
その中でも有名な「お口の恋人・ロッテ」については、考案者があのザ・ドリフターズのメンバーである仲本工事の実母なのだそうです。
従業員としてではなく応募によって決まりました。
ちょっとしたうんちくでチョコでも渡しながら披露したら女性の心鷲づかみ!
かもしれません。かもしれません。
そんなことはないので二回書いておきます。

ロッテは1945年に、朝鮮人の辛格浩(通名:重光武雄)さんが、東京都杉並区荻窪で「ひかり特殊化学研究所」を設立し石鹸、ポマードなどの製造販売に乗り出したことから始まります。
韓国には「ロッテ」の名前のついた社名が数多いのですが、(百貨店業界では世界5位、製菓業界ではアジア1位、ホテル業界ではアジア3位、ホームショッピングでアジア1位、石油化学業界で世界10位など)それはロッテの創業者で在日韓国人一世である辛格浩さんが、ロッテの収益を資金にして、1965年の日韓国交正常化を期に、母国の韓国に韓国ロッテグループを発足させたことによるものです。

ロッテグループの関係者曰く
「韓国ロッテ設立時から日本で稼いだ金を韓国に投資し始めたが、韓国で稼いだ金は一度も日本に持って行くことはなかった」のだそう。
近年のロッテの日本市場向けのCMのキャストに韓流スターを中心に起用されたり日本市場向け商品のキャンペーンの景品に韓国ロッテが保有する韓国内のリゾート施設旅行を採用したり、そういった理由の背景には創業者が深く関わっていたようです。
こう書いてみると、子供の頃の「ロッテ」のイメージとずいぶん異なってくるので不思議なものですね。

更に・・・近年では韓国のロッテグループによる「独島」マーケティングといった問題もあります。
日韓間で領土問題となっている「竹島(韓国名は独島)問題」が韓国で社会的な関心を集め、流通業界でも独島マーケティングが広がる中、韓国ロッテグループも、ロッテ百貨店が独島の写真入りタオルを先着20人に無料配布したり、ロッテマートが「独島を愛するTシャツ」を販売。
ロッテドットコムが鬱陵島と独島を周回するツアーを販売、といった独島マーケティングを韓国で展開しているのだそうです。

韓国では日本製品の模倣品が多く見られますが、ロッテも例外ではなく日本製品を模倣しているという話もあります。
ホテル業の開業については、日本の帝国ホテルをモデルにしたとも・・・
どんどんどんどん出てきます。

「切磋琢磨」という気持ち、わたしは大切だと思いますが、日本には「恩を仇で返す」という言葉も存在します。
近くて遠い隣国が更に遠く思え、なんだか韓国と中国の国境すらないように思えてきました。(個人の意見です)
あの少年時代熱狂した「「ビックリマンチョコ 」を思い出のままにしておいたほうがよかったのかもしれません。
今日はそんな後悔の由来メモになりました。


秋山英一聞書 韓国流通を変えた男―ロッテ百貨店創成記


ロッテ フルーティオ アソートファミリーボトル 150g




著者: tossie
居住地域:北関東 年齢:70年代生まれ 趣味:釣り、散策 言葉の由来を調べています。言語学者とか研究家ではありません。 ただの一般人です。記事は仕事の合間に書いてます。 プロフィール詳細 Twitterでフォロー

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