「上前を撥ねる(うわまえをはねる)」 の由来
他人に取り次ぐ賃金や代金の一部を自分のものとする。
また、かすめとることなどを上前をはねるといいます。
しかし、考えてみると我々の現代生活でこの言葉を用いる機会は減っているようです。
それは代用のきく便利な言い方「ピンはねをする」が存在するからであることに気付きました。
ただ、本来の「ピンはね」は「上前をはねる」とは違いきっちり一割を取ることを意味することは覚えておきたいものですね。
ピンというのはカルタやサイコロ賭博で使われていた言葉で、ポルトガル語で点を意味するpintaがその由来なのです。
1の札や1の目をピンとよぶと考えると、ピン芸人といった用い方のようにやはり「1」をあらわすということが理解できますね。
ということで「ピンはね」の由来を軽く流したところで話を今日の本題「上前をはねる」に戻します。
■「上前を撥ねる(うわまえをはねる)」の由来
「上前」とは「上米」が転じた言葉なのだそうです。
上米とは、江戸時代に年貢米を通すために課した通過税のことで、容器に入った米の上の部分を取ることを「上米取り」と言ったことからその名前がきています。
それが転じて仕事の売買や仲介者が受け取る手数料のことを言うようになりました。
「米」のマイが「前」のマイと混同し、また「取る」がいつの間にか「はねる」に変化して、「上前をはねる」という言葉ができあがりました。
「撥ねる(はねる)」については、「はじきとばす」とか「人の一部をかすめとる」といった意味となります。
「上前をはねる」も「ピンはねする」も私はあまりいい印象を持っていません。
それは「とる」と「はねる」の違いも関係しているのかもしれませんね。
今日調べてみてそれは感じました。
口を利いたり、仕事を持ってきたのだから利益をはねても当たり前と思うかもしれませんが、今の時代はおかしな現象が多々見られるからです。
仕事の過酷さというものはその人それぞれかもしれませんが、いわゆる3Kと呼ばれている仕事は、華やかさもなく人材不足にも嘆いているはずです。
誰でもスーツを着て綺麗な職場で働くというのは夢といえるのではないでしょうか。
私が思うのは、そこのところなのです。
いわゆる「ものづくり」の人々よりも、その仕事を持ってくる人のほうが重宝されてはいやしないかということなのです。
客のご機嫌をとり、現場には厳しい期限とコストカットを求めて必ずしもお客のためといえるものづくりとはいえない現場が多い気がします。
それが正しいものづくりなのでしょうか?誰の得となるものづくりなのでしょうか?
公共事業しかり。
一億の仕事で一億円の価値のある建物、橋、道路はどれだけ存在するのでしょう?
ピンはねも一割まで。これはいいことを聞きました。
二割三割あたりまえ~~ な~んて少し前の家電量販店のような考えた方では困ります。
日本のものづくりの現場が悲鳴を上げていることを国民一人ひとりが考えていかねばならない時代にきているのではないでしょうか?
既得権を持つ団体などはもっとも最たるピンはね団体だと私は思います。
またそこだけは競争の原理が働いていないことにいつも閉口させられます。
サブカル・ニッポンの新自由主義―既得権批判が若者を追い込む (ちくま新書)
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