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「松竹梅(しょうちくばい)」 の由来
最近はあまり見かけないが、昔はよく食べ物屋のランク付けに松竹梅が用いられていた。
私の記憶に一番新しいところだと、旅先のウナギ屋さんで見かけた。
同じ鰻でも、値段が三段階に分けられている。いや正確には同じ鰻ではないケースが多い。
その他、鰻の量やご飯の量、盛り付け方、お重の大きさやデザインに違いを付け、それによって料金が異なる。
当然と言えば当然。
もちろん梅は最低限で、松は最上級。
梅とはいえ、最近のウナギは3000円を超えてくる。
同行するメンバーが気が知れていればよいが、微妙に気を遣う相手だとこの選択は難しい。
今回は、男五人の気心知れたメンバーだったので、各々予算に合わせて竹と梅に分かれた。
これができない場合はお互いに探り合いとなる。
竹で三千円強、松は四千円後半。
さすがにお昼からこの値段は出せない。
家族なら一万円どころか二万円にも届きそうな勢い。
また、このように分けられると注文もし辛い。
店員の視線も気になるし、こちらのプライドも見え隠れする。
正直迷ったが、経済力に合わせて私は梅を選択した。
「松竹梅(しょうちくばい)」の由来
松竹梅という発想がいつから存在したのか?それは奈良・平安の昔からと言われています。
めでたいものとして正月や慶事の飾り物、絵画や染物などの美術工芸品、長唄や地唄などの歌舞音曲に取り入れられ今に引き継がれているのです。
ただ、それには順番があるようです。
でもその前に、松竹梅がどこからきたかという話。
それは中国。
松・竹・梅は中国の歳寒三友(さいかんのさんゆう)が入ったもの。
歳寒三友とは画題の一で、松・竹は冬に緑を保ち、梅は花を開くことからこう呼ばれるようになったそう。
この歳寒三友が松竹梅のもととなっているはずだが、中国ではめでたいものの象徴という発想は無かった。
その定義は日本に入ってきてからですが、松・竹・梅の基準は時代によって変わります。
平安期に門松として縁起物とされたのは「松」。
冬も青々としていることから、不老長寿を示す縁起の良い木として尊ばれたのである。
室町時代になると松同様に冬も青い「竹」縁起物とされる。
さらに江戸時代になると、冬に花咲く「梅」が門松の部品に加えられ縁起物となった。
やっと揃ったわけだが、そこまでに500年ほど時が経つ。なんと気が長いことだろう。
その時代の流れ(縁起物とされた順番が)そのまま松竹梅の上下関係となったと考えると、なるほどと頷ける。
それだけの重みなら…あれだけ値段が違っても仕方がないのかなと思う。
あ ウナギの話ね。
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