由来メモ

Archive for the 'カタカナ語' Category

「ドジ」の由来

あなたってドジねぇ~。
そんな一言に人は傷つきます。
私ってドジだなぁ~。
そう思ったら負けです。

あなたっておっちょこちょいねぇ~。
笑顔がこぼれます。
私っておっちょこちょいだな~。
自分ではあんまり言わないか・・

言葉の選び方一つで大きく違うものですね。
それぞれの意味はドジとは、間の抜けた失敗をすること。またそのような人を罵っていう語だそう。
罵るという言葉には、ひどい言葉で悪口を言う。声高に非難する。罵倒するとやはりいい意味では使わないようです。
おっちょこちょいとは、落ち着きがなく、軽率な行動をするさま。またその人だそう。
若干意味は違う二つですが、使い方は気をつけたいものです。

それぞれの由来には更に深い意味があるはず。調べてみましょう。
ドジの由来は三つあるそうです。

1、鈍遅説
鈍い、遅いを組み合わせた「鈍遅(どんち)」という言葉が訛ったものであるとする説。
2、とちる説
失敗したという意味で使う「とちり」の発音が「鈍(どん)」と重なって「どじ」となったとする説。
3、擬音語説
頼りない動作のことを「ドヂドヂ」と表現するので、それを短くして言うようになったとする説。
動作が遅いこと、「早とちり」などのたいしたことのない失敗に使われるとちり、自信のない感じのドヂドヂと、どれも現代の「ドジ」ほどきつい意味は受け取れませんね。

おっちょこちょいは?
おっちょこちょいは、「おっ」「ちょこ」「ちょい」の三つから成り立つ言葉だそうです。
「おっ」は驚いた様子、もしくは接尾語の「お(御)」から。
「ちょこ」は、あちこち動き回る様子の「ちょこちょこ」から。
「ちょい」は、僅かなことや簡単にできる様子を表す「ちょいと」と同じ「ちょい」から。
ひっくるめて表現すると、「せわしなく動き回る様」みたいな様子を私は想像しました。
なかなか「おっちょこちょい」な様が表現できていて拍手!
1800年代後半からおの言葉は辞書などで確認できるそうで、
その意味は、「デスギ、生意気、軽佻」などだそうです。補足すると東京語。
現代とは大きく違いますね。
後先考えずに軽率な行動をとるお調子者? いるいる。よくいますね。

わかりやすく書いてみれば各々は、「のろのろ」と「せっかち」。
これは大きな違いですね。
失敗の「とちる」と、ちょいとこなすの「ちょい」と・・
とても同義語とはいえませんでした。反省。

投稿者 としお カテゴリ カタカナ語,性格 コメントなし

「マンネリ」の由来

この言葉を日本語っぽく表現したら・・
日常化?馴れ合い?
数十分考え込んでみましたが、それらしい答えがでてきません。
今日は「マンネリ」について。

マンネリ化と言われるとあまりいい気持ちがしません。
なぜならそこには、打開策や画期的なアイディアもなくただただ、いつもやっていることを演技者のように淡々と続ける様がイメージできるからです。
それが悪いことだけではないことも確かです。

例えば伝統芸能であれば、昔から引き継いできたものを丸ごとコピーし、次代に繋げるのが役割なのですから。
しかし、人とは欲張りな生き物。
毎日、毎日同じことを続けると、そこには「飽き」というものが生まれ、ついつい、「マンネリ」という言葉を使いたくなってしまいます。

辞書で調べると「マンネリ」とは?
新鮮さや独創性がないことだそうです。
更に、語源由来となると、英語の「mannerism (マンネリズム)」という言葉からきているそうです。

この単語の意味は、文学、芸術、演劇などにおいて型にはまった手法・様式・態度への強い固執といった意味だそう。
ここで誤解のないように「固執」の意味を調べてみると、
1 自分の意見を主張して譲らないこと。
2 従来のやり方に固執する。
であります。

つまり、執着するといった意味で、これは分かりやすく置き換えれば「こだわる」って事だと思うわけです。
つまり「やり方にこだわる」と。
更に「マンネリズム」は日本人にも馴染み深い「マナー」から来た言葉で、そこには、「行儀」や「作法」や「礼儀」など、更にきまりきった癖や作風などの意味が含まれてくるわけです。
現在の日本では否定的な意味合いにとられることが多い。
「飽きの来る」とか「新鮮味が無くやる前から結果が見える」とか「新たな魅力性が弱い」、「毎度同じ単調でつまらない」、「ワンパターン」、「時代遅れ」などがそれである。
ただ英語の意味で考えれば、文学・芸術・演技などの表現が型にはまっていることを示し、やはり日本の古典芸能などにも通じる。

毎日同じように繰り返される演目のなかでの微妙な間合いで「弁慶!!」と叫ぶそれは、まさにマンネリの生み出す日本の「粋」「侘びさび」なのかもしれない。

投稿者 としお カテゴリ カタカナ語,状態,言葉 コメントなし

「ギャグ」の由来

最近はあまり聞きませんね。
この言葉自体が新鮮味を失ってきているのかもしれません。
狙って笑いが取れるのは一部の芸人の一部の定番だけであり、そのいつ生まれるかわからない、一瞬の芸は出ては消え、出ては消え、時には全く違った場所で違った人物から発せられることもある・・かもしれません。
間?タイミング?世相?それはもはや神のみぞ知る運の世界。
そのことはギャグの意味を調べても確認できます。

ギャグとは?
演劇などで観客を笑わせるために演じる「即興風」なセリフや動作、仕草」のこと。
日の目をみて、後世にまで伝えることの叶ったものは、その道では神とあがめられることでしょう。
「アイーん」「ガチョーん」「コマネチ」・・年がばれる?
今日はそんな「ギャグ」について。

ギャグの由来
ギャグは、やはり英語「gag」からだそうです。
その原義は、息が詰まったときに出す擬音語だそうで、会話を中断させるような動作であることから「猿轡(さるぐつわ)」や「言論の抑圧」も意味するそう。
てことは、擬音の魔術師宮川大輔さんはきっとギャグの天才!(すべらない話より)擬音を調べてみると「漫才などでは口笛を駆使し鳥の鳴き声をまねるものもある」と書かれていました。
「会話を中断させる」とか「息が詰まったとき」などから察するに、ギャグを用いるのはやはり笑いがとれないなどの緊急時の策なのでしようか。
やはり芸人ならいくつか持っていたいですね。

ここで一つお勉強。
ギャグとジョークの違いは??

「ジョーク」は動作を伴わないセリフだけの場合を言うのだそうです。
ギャグより高度な気がします。松本人志の領域ですね。
「ジョーク」意味は悪ふざけ。
当て字は「冗句」。冗談の短い文てこと?
これは知りませんでしたが うまい当て字!!ですね。

二つには違いがあるわけですが、興味深いものをひとつ。
日本ではよく「ギャグをとばす」と言いますが、これを英語にすると「tell a joke」なのだそう。違いはないの?
ギャグとジョーク、日本語と英語の曖昧な境界線でした。

投稿者 としお カテゴリ カタカナ語,言葉 コメントなし

「カレンダー」の由来

昔はおそらく「日めくり」とか呼んでいたのでしょうか。日めくりでは毎日一枚の荒行が待っております。
私などにその業を任せたなら、たちまちのうちに家の中の季節感も曜日感覚も消えうせることでしょう。
月ごとの月めくりが無難そうです。ところでこの二つに違いはあるのでしょうか?
今日は「カレンダー」

先日テレビでみたところ、日めくりが売れないから六曜が生まれたという興味深いものをやっていました。
一週間が7つの曜日に分けられ、そこへ更に大安、仏滅などの六曜を絡める。
更に詳しく調べれば、大安でも悪い日、仏滅でもまだましな日なども存在するのです。
もはやカレンダーも「朝の占い」に近いかもしれません。
今日はいい日だけど私はうお座だから今日は、、信じるも信じないもあなた次第。
私は占いなどは「くじ引き」程度で考えて暮らしております。
いいことがあったときは「そういえば今日はいい日で占い一位だったから。」と解釈し、悪いことがあったときは「この前よかったのだから今日はしかたない。」と考えることにしております。
(世の中いいことばかりはないものです。いいことの後の悪いことと悪いことの後の更なる悪いことは感じ方も違いますからね。)

そんな・・どんなだろう。今日はカレンダーにまつわる話。
月はやっぱりお空に浮かぶお月様なのでしょうか。
でも満月がない月や、満月が二回の今年の一月のような月も存在するわけです。どういうこと?

カレンダーの語源
英語の calendar は毎月の最初の日を意味するラテン語kalendaeに由来するそうです。
そのラテン語 kalendae は「帳簿」を意味する語から由来するらしい。
最初の日と帳簿を結びつけるのは、利益の計算や、支払いなどが「最初の日」に行われたからとのこと。
月の初めは決算日♪みたいな感じでしょうか。
日本語のカレンダーはこの英語からの借用語とのこと。
日本での「カレンダー」の歴史はグレゴリオ暦に改暦された1873年から。カレンダーの括りとしては私の気にしていた日めくりも月めくりもすべてカレンダーのようです。
日本のカレンダーは現在太陽暦を使用。世界には他の暦法を使用している国もあるそうです。旅先では要注意ですね。

それと月についても調べてみました。
月の語源
月とは、地球の衛星であり、太陽の光を受けて輝いている。
一年を12で分けた区分。一ヶ月とのこと。やはりMoonとmonthsは日本語では一緒のようですが・・
太陽に次いで光輝くから「つぎ、つく(次)」からという説。
月に一度輝きが尽きるから「尽き」とする説。
語源には二つあるそうです。なるほど、私の疑問は語源にも通じていたようです。でも月に一度輝きが尽きるから「尽き」では、月の語源に「月」が入っているから違和感を感じます。
やはり一般的に「次」説のほうが有力なようです。
では月日は?という疑問が。
日はやはり太陽からのようです。語源は「火」にも通じる。月と日はどこでも「対」をなしているようなので一日と一月も「月と太陽」といえる気がします。
これは当たり前のことなのでしょうか?
月の神秘の続き「ついたち」について。
「ついたち」は月立ちからきているようです。「立ち」は「出現する」「現れる」という意味。新月が現れた日を「つきたち」とする。これはやはり陰暦からきているようです。
そんな感じで今日はその歴史からも「カレンダー」で「月」の訳ってのは、その歴史からもやはり違うのではないかという疑問が残りました。

投稿者 としお カテゴリ カタカナ語 コメントなし