由来メモ

「ほくろ」の由来

誰でもフェチってあると思うんですね。
ただそれを口には中々出せないものです。
それがパンストであったり、うなじであったり、特にお尻や太もも、バストといった際どい部分が絡んでいたならそれはなお更であることは言うまでもありません。
男性目線だなぁ・・・
それが女性であったなら筋肉とか、脛毛とか胸毛とか(毛ばかりだなぁ)髭だったりするのでしょうか。

私のフェチは「ほくろ」であります。
場所、大きさ、バランスなどが気になります。
といっても気になるのは顔のほくろだけで、それを利用して苦手な「人の顔を憶える」に活用したりしています。
特に気になるポジションは鼻の横の目の下。私のホットスポット。
俗に言う(自分の中だけ?)宮沢りえボクロであります。
これを女性の顔に発見すると、その女性の自分の中での魅力が20%アップするのです。
逆に苦手なのが泣きボクロや目じりのホクロ。
こちらは全体のバランスにもよりますが、個人的な見解で大変申し訳ありませんが通常より半歩下がってしまうのであります。

■「ほくろ」の由来

ほくろとは、皮膚の表面にある、黒あるいは褐色の班のことで、大きさは小豆くらいのものまでを言います。(それはちょっと大きすぎではないかい?)
表皮の一部にメラノサイトが密集し、あつまった表皮の組織の異常であり、黒いものが多いので黒子と当て字をしていますが、ほくろと読みます。
日本語では古く(平安初期から鎌倉初期)「ははくそ(母糞)」と言いました。
文字通り「母胎内でついた母親の糞」の意だそうです。
産んでくれた親に対してなんとも失礼なネーミングですね。
現代ではもちろん考えられないことです。
やがて黒いことから鎌倉時代初期に「ははくろ(母黒)」という語が生じ、更にハワクロ→ハウクロ→ホウクロという音韻変化を経て、室町時代末期にホクロとなったのでした。

意外と知られていないことだそうですが、なんと!ほくろができる箇所は先天的に決まっていることです。
言われてみれば、うちは親子で、兄弟で、同じ箇所にほくろがあります。
左手の甲の下部や、眉毛の上など。
ということは、ホクロのある場所に惹かれるというのも、
何らかの遺伝情報の問いかけなのかもしれませんね。


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「春巻き」の由来

食べ物の好き嫌いや、食べる頻度って家族の影響が大きいと思う。
今日はそんな前置きをしてから始めてみる。
それほどない、私の苦手なもの・・・ラムレーズン。
記憶を遡ってみても、おそらく小さい頃から食べたことが無い。
なぜ食べなかったかというと、姉が食べなかったからだ。
食べるものに目が無い、食べ物への執着が人一倍強いあの姉が食べる前から拒否していたのだ。
これはきっと不味いに違いない。
私はそう思い込んだまま大人になり、(まぁ実際食べてみたらそれほど美味しくなかったのではあるが)現在までそれほど口にしないし、口にしようとも思わない。

一方それほど苦手でなくても、食べる機会が少なかったものもあるはずだ。
それがうちでは「春巻き」だった。
これは私の母がそれほど好きではなかったことと、料理が上手ではないという事実以外のなにものでもない。
ごくたまに出てきても、中はグッチョリで皮は揚げすぎでカチカチ。
そんなイメージもあってか外食が中華でも、我が家では春巻きを避ける。
というか頼んではいけないような雰囲気があった気がする。悪循環である。

そんな私の今の環境では「春巻き」が満ちている。
当時のトラウマを払拭するほどの美味しさに満たされている。
「これは勘弁」って思っていた献立なのに「アリだな」って思えるようになるんだから自分でも驚きだ。
でもラムレーズンはだめだからきっと我が家の血にあわないのだろうなどと、これからも適当に格好をつけたふりをして誤魔化すことにする。

■「春巻き」の由来

さてそろそろ本題というか、最近ご近所づきあいができるようになった春巻きさんについて。
春巻きは中国料理の点心の一つである。
広東料理で説明すると、豚肉、タケノコ、シイタケなどを千切りにして炒め醤油などで調味したものを、小麦粉で作った皮で棒状に包み、食用油で揚げたものが一般的。
ずばりその名前の由来は、立春のころ新芽が出た野菜を具として作られたところから。
宋の時代の立春のその日、人々は官府門前に集い、「県官が”春牛”を鞭で打ちつけるのを見る」という習わしがあったのだそう。
それを見た後は、1年に1度の春忙農耕の始まり。
きっとこの日は日本の春祭りみたいなものなのだろう。
この行事の一環に、豊作と天気良好を祈る習慣として「咬春(ヤオチュン)」というものがある。
これは生の大根をかじる事で、その辛味で「春困(しゅんこん)」といわれる春の眠気を吹き飛ばすんだって。
春は確かにポカポカで眠くなるから喝をいれるのだろうか?

更にもう一つ「春餅(チュンピン)」を食べるというものがある。
春餅の内容は地方によって異なるが、葱、にんにく、生姜、芥子、韮等5種類の調味料を並べ、聡明、健康、幸福、年寿を祝うんだって。
この行事は今でも引き継がれていて、竹の子、肉、豆腐、きくらげ、えのき等を使った具を春巻き皮で包んで食べるのだそう。
要するに日本で言えば七草粥みたいなものなのだろう。

まとめると、新春を祝って無病息災を祈り皆で春野菜を食べる。
それを包む餅として春の餅、つまり春餅がありそれを巻き包んで揚げることで春巻きになったということでいいのであろうか?
(なんか色々な説や類似する言葉がたくさんありちょっと不安)

書きながら思いついたのは、「恵方巻」。
節分に食べると縁起が良いとされる、大阪を中心とした風習で、最近は関係業界の販売促進活動によって認知度は日本全土に広まった。
商売繁盛や無病息災を願って、七福神に因んでか、かんぴょう、キュウリ、シイタケ、だし巻、ウナギ、でんぶなど7種類の具が入る。
食べるのは立春の前日である。
非常に「春巻き」に似ているきがしてならない。
食べて晴らす、食べて払う、食べて吹き飛ばす、食べて招き入れるは、国は違えど発想は一緒なのだろう。
包んであるとけっこう気付かずに食べてしまいますからね。
こんど巻物にラムレーズン入れてみようかな。
でもどんな節目にしよう・・・

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「預言者」の由来

地震が多発しています。
富士山も噴火の可能性がでてきました。
しかし、いつ、どこで、どのくらいの規模で、それは誰にも分かりません。
東日本大震災では何日か前に茨城県で鯨がうち上げられたといいます。
これが予兆なのか?必ずしもそうとは言い切れないようです。
最近も東京で、はたまた世界のいくつかの場所でうち上げられていますがそれほど大きな地震は起きてはいないのですから。

そうなると様々な場所で「予言者」が現れます。
その多くは絶えず様々な予言をしておいて、事後報告の「ほ~ら起きただろ」だったりしますが。
「よげん」なんて誰でも出来るんですね。ぶっちゃけ。
私でもできるんです。
な~んてお調子にのっていたら、宗教関係の番組でイスラム教の特集をみたときに大変な間違いに気付いたのです。

「預言者」と「予言者」は違うのだそうです。
皆さんはご存知でしたか?
「旧約聖書」では「預言者」が重要な存在として登場します。
これは決して「予言者」ではないといいます。
「予」の字は豫の省略形で「あらかじめ」という意味を持ち、「将来こういうことが起こるぞ!」と予告する人が「予言者」であり、「預言者」は、神の言葉を「預かり」、これを「人々に伝えることを指名された人」を指しているのです。

預言者(よげんしゃ)は、神と直接接触・交流・対話し、直に聞いた(とされる)神の言葉を人々に伝え、広める者のことを言います。
唯一神との契約を重んじるアブラハムの宗教に特徴的な存在であり、旧約聖書に登場するモーゼなどのヘブライ人(ユダヤ民族)の宗教的指導者たちが、初めの預言者であり、ユダヤ教で認められた預言者たちに続いてその後にあらわれた預言者たちがキリスト教やイスラム教などの基礎を打ち立てていったのでした。
つまり私の考えていたのは、未来を予測する「予言者」であり「預言者」ではないわけです。
たいした違いではないように感じるかもしれませんが、選ばれた者と自薦で立ち上がった者ですから、その差は歴然ではないでしょうか。

■「預言者」の由来

「預言者」はもちろん日本語での呼び名ですので、大元の名前から調べてみると、旧約聖書で預言者に対応する最も一般的なヘブライ語はナービー (nabi) であります。
現代のナビゲーターから考察すると、「先導する」とか「示す」となり遠くない気がしますね。
この語源には様々な説があるそうですが、有力なのはアッカド語起源で「与えられた者」もしくは「語る者」を意味したという説です。
他にも、岩波委員会訳聖書では、ヒッテーフ、(涎を)垂らすの意から出た「ヒトナベー」からの派生であるとしています。
古典ギリシア語においては、プロフェーテース (προφ?τη?, Prophetes)と呼ばれていたそうで、これは本来は「代わりに語る者」の意味であり、この場合は「神の代弁者」の意味を持ちます。
聖書の預言には、未来を対象とするものも少なからずあるため、「前もって語る人」の側面から英語の Prophet やフランス語の Prophete が派生しました。
これらは「神の代弁者」と「未来を語る者」の二通りの意味を持っているそうです。
現在の日本語で は、このProphet に対応して「預言者」と訳しているそうで、これは西洋の宣教師らによってつくられた漢訳聖書の訳語に由来しているそうです。
18世紀書初頭のジャン・バセ訳の「四史攸編」や1813年のロバート・モリソン訳「新遺詔書」では「先見」の訳があてられていましたが、19世紀半ばには現在のように「預言者」の語をあてるようになりました。
ただし、「預」は「豫」(「予」の旧字体)の俗字であり、中国では「預(あらかじ)め語る者」の意味でしかないそうで、日本のように「預」に「預かる」という本来の用法にはなかった意味が加わっていたことから、漢語としての由来を知らぬ者が、神の言葉を「預かる」者が「預言者」、未来や人の運勢などを予め語る者を「予言者」と解釈してしまったようです。

本来は「副詞+動詞」という構造であった「預言」という語が、「動詞+目的語」に置き換えられているので、これは明らかな誤りであると考えることが容易であります。
「神の代弁者」と「未来を語る者」では大きな違いのように感じますが、辞書などでも多く採用されていることや、現在では広く認識されているという事実から専門家の中にも是認する人もいるそうです。
例え誤認であったとしても、それに即した日本人の考え方がそこにあったのでしょう。
お寺では仏の「教え」があり、神社ではすべてのものに「神が宿る」というものが日本人に古くから根付いてきた宗教観であります。
「神の代弁者」や「未来を語る者」は歴史上存在しなかったのではないでしょうか。
空海や最澄にも私の知る限り、そういった肩書きは存在しません。
この国では、先祖は敬うものであり我々を導いてくれるものではないようです。
「よげん」は当たるものばかりではなく、それは有名な「ノストラダムス」であっても「マヤ」であってもありえることなのです。

それでも信じる信じないはあなた次第。
自ら未来を選択する広い自由と、無限の責任が我々日本人にはあるのです。


預言者 The Prophet


預言者のことば

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「ゾンビ」の由来

昔、キョンシーってのがいましたよね。
腕を前に伸ばし、足首のみを利用して跳ねるように移動。
あの不自然な動きは死体であるため身体が硬く、ほとんどの関節が曲がらないためなのだそうです。
ついでに腕を前に伸ばすのはバランスをとるためとか。
おでこにはお札がはられています。
書かれて文字は主に「勅命陏身保命」
「神に等しい天子様の命令により、死んだ後も従い生きているようになれ」といった意味のようです。
まぁ暴走しないためのおまじないみたいな感じですかね。
中国の死体妖怪の一種で硬直した死体であるのに、長い年月を経ても腐乱することもなく、動き回るもののことをいうそうです。
広東語でキョンシー、北京語音でジャンシー。
日本語の音読みで「きょうし」とまあ、そのまま日本に伝わったようです。
その姿が時代にリンクし、空前のブームが起きました。
今考えてみれば可笑しなもので、それはいわゆるフランケンシュタインやゾンビに通じるのであります。
(ブームになるほどのものなのかは疑問てこと)
映画によって吸血鬼やゾンビのイメージとして捉えられていたキョンシーですが、その姿は民俗学上根拠はなにもなく、全くの創作なのだそうです。
それでも我々がテレビなどでお見かけするゾンビさんも、同様に手を前に突き出して人間を追いかけてくるわけです。
やはり死者の世界はそういった見解で統一されているのでしょうか。

■ゾンビの由来

フランケンやドラキュラといった名前には確か実在の人物や物語などが絡んでいたはずですが、ではゾンビはどちらからいらしたのでしょうか?
私的イメージですが、欧州のはず・・・
と、調べてみると、元は西インド諸島に起源を持つ、ブードゥー教 (Voodoo)の教義に強い精神力を持つ者が死者を蘇らせ意のままに動かすというものがあるそうで、この蘇った死者をゾンビと呼んだのだそうです。
ちなみに、ゾンビの語源は「蛇」なのだそう。
西インド諸島ということは、南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域。
ずいぶんと暖かい場所ですね。想像もしませんでした。
遺体がすぐに痛んでしまいそうな気が、、、
ブードゥー教の儀式を簡単に説明すると、
人間をゾンビパウダーと言われる毒物で仮死状態にし、そのまま埋葬。
それをまた掘り起こし、知的障害を起こした状態で奴隷として労働をさせるというもの。
ゾンビパウダーとは、有効成分がテトロドトキシンという成分で、これは河豚の毒なのだそう。
この毒は神経が麻痺し、呼吸や心拍数を下げます。
いわゆる仮死状態になりやすくなるそうで、そういった状態のまま記憶をたどり家路に着いた者を見た遺族が「死者が蘇った」と驚いたらしい。
そんな一連の流れを実際に起きた時代や、現場の神妙な面持ち、彼らの本気度なんかを想像するとこれ以上にないコントのように思えてならない。
家族の驚きっぷりなんかが一番の笑いのポイントなんだろうけど、それがもし自分ごとだったら全く笑えないし、ゾンビの存在に慄いて夜一人でトイレとか行けないきがしゅる。。


ゾンビ大事典 2―生き残るための52のルール


ゾンビ大事典―VSゾンビ生存マニュアル

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「ビンタ」の由来

「平手打ち」のはずなんですけど、なぜか「ビンタ」って言うんですよね。
私が小さい頃には、まだ学校での体罰が合法で(いや合法なんてことはありえないですが)そう、あれは小学校5年生のクラス替えのときのお話。
自分は2組で女の先生だったんだけど、隣のクラスが新任の男先生で、その先生が素晴らしかった。
いつもポケットの手を突っ込んで、首を前に突き出して歩く姿はチンピラ。
授業中に話を聞いてない児童に向かって靴を投げつけたり、マラソンで手抜きした隣のクラスの児童はボコボコにされていた。
その先生が日常的に用いていたのが「ビンタ」であった。
私の人生でこれほどショッキングな言葉との出会いはなかった。
ただ顔を叩くだけなんだけど、それが目の前で日常的に行われるのを見ていたから震え上がったもんだ。
おそらく毎日平均5人くらいは叩かれていたし、奴はありえないけど女子にも手加減しなかった。
正直隣のクラスの女先生でよかった。
こっちの先生は男子児童から下ネタでからかわれていたからそれはそれで先生のほうが大変だったはずだが。
今では笑い話かもしれないけど、当時は120%の恐怖でしかなかった。

そんな記憶がよみがえったのは大晦日の夜だった。
視聴が恒例となっているダウンタウンの笑ってはいけない〇〇〇だ。
この番組内でへたれこと山崎邦正さんがプロレスラーの蝶野さんにマジビンタされるのがこれまた恒例となっている。
その往生際の悪いことといったら・・・
嘘をつき、逃げ惑い、叫び、後輩に押し付けようとし、処刑台にのぼっても、隙あらば逃れようとする。
なんとも見苦しい。
まぁそれほど痛いからなんだろうけど、たかがビンタだろとテレビの前で笑う私。
しかし、ふと小学校のそんな出来事が思い起こされたのだった。

■「ビンタ」の由来

「ビンタ」で調べてみると、頭髪の鬢(ビン)の所。
他人の頬を手のひらで打つこと。
どうやら側頭部のことを「ビン」というよう。
辞書で「ビンタ」を調べてみると、他人のほおを平手で打つこと。鬢のあたり。あたま。大差は無いみたい。
やはり鬢(ビン)に関係がありそうなので、更に調べてみると、「鬢」は、頭の左右側面の耳ぎわの毛。
びんずらのことを言うらしい。
「賓」で調べると、すれすれにくっつくという意を含むとか。
鬢は「髟(かみの毛)+音符賓」で、髪の末端、ほおとすれすれのきわに生えた毛とのこと。
つまり、鬢に接尾辞の「た」がついて「びんた」となり、頭全体を指すこともあるが、特にビンのあたりを指すのでビンタは頬を打つことにも使われたという結論らしいんだけど、まだ納得ができないので更に調べてみた。
すると、「ビンタ」は鹿児島弁のビンタ(頭部の意)に由来しており、頭部を打つ懲罰行為=ビンタと誤解されて広まったものらしい。
鹿児島にもプロレスラーみたいな「おいどん」先生がいたんでしょうかね。

もちろん相手を傷つける行為であり、格闘技など認められた場所、鍛えたもの同士が意地を見せ合う手段としては見ごたえもあり、肯定できるものである。
しかし!
格闘技の技としてでなく、それ以外の場面、つまり一般の社会生活で平手打ちを使用する行為は、正当防衛と正当化できない場合、侮辱行為、暴力行為とされる。(現代ではね)
確かに親に顔だけは叩くなと言われて育った気がするし、高貴な生き物は動物でも顔や頭を触らせないと読んだこともある。
ましてや女子に手を上げるなんて論外で人間の屑だろう。
(別に格好をつけているわけでなく普通にそう思う)

さて今日はどう落としたものかと二つのオチを考えてみた。
どちらか好きなものを選んで欲しい。

その1

ビンタといえば蝶野選手じゃないんだよね。
そう。アントニオ猪木氏なんだよ。
彼が予備校で講演を頼まれたとき、数人の学生を選んで自らに張り手をさせたんだって。
いかに自分が強いか、また学生のやる気を試したのだろうね。
一通り猪木氏が選んだ学生が終わった後、一人の学生が「俺にもやらせて下さい」と名乗りを上げたのだそう。
猪木氏は快諾したんだけど・・・
彼の張り手がきっと猪木氏の予想より効いたようで・・・
次の瞬間、反射的に彼の形相が鬼の様になり、一撃をやり返したのだ!

ビ~~~~~んタ!!!!

山崎さんも蝶野さんにやり返すくらいの気迫が欲しいものだね。
「プロ」なのですからね。お笑いだけど・・・
(まぁ、そのへたれ姿がこれ以上になく笑えるわけだけど)

その2

後日談、大分時間が経過してから知った話だが、ビンタE先生はその後、結婚したんだって。(DV確定?)
うちのクラスの下ネタでからかわれていたO先生の親戚とね。
つまりO先生は体罰容認だったってことだ。
(俺の人生でも指折りのダメ先だから驚かないけど)
でもそれ聞いたときには往復ビンタくらった気分だったぜ!


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